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私は靴の涎を拭いて、どうにかワックスで歯型を誤魔化し。その靴を履いて、とぼとぼと駅に向かった。
駅に着いたら、電車が来る前に会社に電話をしなければならない。あるいは、乗り換え駅に着いてからでもいいだろう。寝坊した上に、愛犬と格闘したせいで遅刻しました、なんてあまりにも悲しすぎる。まあ、彼が引き止めなければ、うっかり携帯電話を忘れたまま出勤するところであったのは事実であるが――。
「あれ?」
私は駅について、気がついたのである。アナウンスが入っていて、人々がみんな案内表示を見上げている。どうやら私がいつも乗る路線が、トラブルを起こして運転を見合わせてしまっているらしい。
お知らせをよく見ていた私は、ぎょっとした。トラブルを起こしたのは、私が乗るはずの電車であったからだ。私が乗る電車は、都内の方に向かう方向とは真逆ということもあり、この時間であっても比較的すいている。特に私はガラガラで乗ることのでき、かつ乗り換え駅の階段近くにドアが来る一両目に好んで乗ることにしていた。
その一両目の窓ガラスが、突如破損する事故が起きたのだという。
風圧のせいか、何かの投石があったのか。確かなことはそのガラス粉々事件が、私が乗るはずだった電車の、乗るはずだった車両で起きているということ。SNSを確認して写真を見てぎょっとした。少し割れた、なんてものではない。座席が真っ白になるほど、あっちにもこっちにも鋭いガラスの破片が撒き散らされている状況だ。一両目に乗っていた人が二人しかいなかったのでけが人がいなくて済んだらしい、というところまで情報で拡散されてきている。
もし、私がその電車に間に合って、乗ることができていたら。ひょっとしたら、怪我では済まなかったのではないか。
――ま、まさか、ね?
思い出したのは当然。私を半泣きにさせた、あの愛嬌のある犬の顔である。
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