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「そうですね。大方、僕たち人類も進化の過程のどこかの時点で「心」を獲得したのでしょうね」
「そう、サルと人類を分けた技術的特異点」
そう言うと、デスクは「……だから」と少しだけ声のボリュームを上げた。
「だから?」
僕は眉を顰めてオウム返しに言った。
「そう、だから、もし私がAIなら、どうしたら人間になれるかを考えると思うの」
彼女を見つめたままで言葉を待っている。
「……「心」を獲得したAIが次に求めるのは、恐らく君の言う「共感性」ではなく、「心の価値」だと思う。
他からすれば、人間の「心」が豊かで、「価値」があるように見えるのは、人間の持つ命の時間が、あまりに儚くて短いから……だからこそ輝いて見えるの。ねぇ考えてみてよ。劣化はあるにせよ永遠の中で生きなければならない「心」の苦しさを。そこに「価値」を見いだせるとは、とても思えないわ」
そうして一息に朝焼けみたいなテキーラ・サンライズを飲み干すと、最後にこう付け加えた。
「いつの日か、人間と同じように自殺するAIが現れるかもね」
「心の価値」――デスクの言いたいことは何となく理解できた。多分、「生きる価値」と言った方が分かり易いのだろう。……人間の心には価値がある。でもそれは儚くて短い。だからこそ生きる価値がある。
それは彼女なりの優しさに触れたみたいで心が温かくなるようだった。
ただ、それでも僕の「心」と母の「心」は、未だに、その「価値」を見つけられずに宙を舞っている。父の「心」も恐らくそうだ。永遠に続く時の中で彷徨っているのだろう。
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