星のランプに手が届く。~君野二葉~

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星のランプに手が届く。~君野二葉~

 それは祈りのようだった。  久保あきらは穏やかに目を閉じた。本当に見たいものを見るために――。 2018年 10月9日   折から朝日が大地に射して、ミャンマー・バガン遺跡群は朽ちた葉色に照った。 「Bulethi《ブレディ》」と呼ばれる仏塔の上で徐々に明ける地平と対峙するかのよう、目を細めるガイドのタンさんが震えていたのを憶えている。 「狂気とは同じことを繰り返しながら違う結果を期待すること――アインシュタインの言葉です。だからこの国は今、狂気に満ちています」  彼が口にした流暢な日本語が忘れられない。  私はあの時と同じように掌に息を吹きかけた。  雲の下半分が濃い色を付けている。  多分、あの下には太陽があるのだろう。  大きく息を吐いてから視線を返した。  鼻歌が聞こえる。  それは自身を鼓舞する祈りのよう。ビルの屋上を吹きすさぶ風を物ともしない強さがある。  君野二葉(キミノフタバ)は、しっかりと目線を前に置いてアキレス腱を伸ばし始めた。  口遊んでいるのは「アルプス一万尺」そう、彼女はこれから星のランプに手が届くのだ。
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