溝口水晶の人となり

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 僕は名前が嫌いだった。溝口水晶――殆ど誰もが「ミアキ」とは読めずに、また往々にして女性だと思われる。  印象からか「純真無垢」「清廉」「潔白」などが付き纏い、あからさまに嫌な顔をされたこともあった。あだ名は勿論、そのままに「スイショウ」。  いつか母から婚約指輪を見せてもらったことがある。ピンクゴールドのリンクの上で恭しく光る鉱石は、初めて二人で石の採集に行った時に父が見つけた水晶だという。六角柱状の綺麗な自形結晶をなす鉱石に、父はありったけの思いを込めて母に送ったのだろう。  そんな話を聞いていると、僕の名前を考える父の真摯な姿が、ありありと目に浮かんできて、それまでの感情はまるでコーヒーに混ぜられたミルクみたいに、すぅーと消えていくのだった。(いや、そうではない。それは含まれていくと言った方がより正確なのだろう)  話の最後に母が言った。 「本当はあの人ね、生まれるまで女の子だと勘違いしていたのよ」   二人してテレビの前で船を漕ぐ父に目をやる。彼らにとって性別は些細なことだったのかもしれない。そして、母は視線をそこに置いたままで、――「ミアキが生まれた時、あなたの泣き声より、お父さんの泣き声のほうがうるさいって、看護師さんに怒られたのよ」そう言って懐かしそうに微笑んだ。  自分より大事なものに向ける笑顔は、どんな宝石よりも綺麗だと思った。  ……はっと思って目を開く。   東京メトロは息を吐くような音を立てて、神楽坂の駅へと滑り込んでいた。
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