溝口水晶の人となり

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 父が死んだのは僕が社会人2年目の夏のことである。その日は突然やってきた。  前の日から降り始めた雨が、いつしか局地的な豪雨に変わり、夜が白み始めた頃には土石流が発生して、両親の暮らす街を飲み込んでいった。  未明に携帯が鳴って葉山デスクから、そう聞かされたとき、僕は何故だか分からない振りをしていた。  解釈してしまうと現実として決定されるのが怖くて、大方脳が全力で拒んでいたのだろう。会話の最後に、「大丈夫」って、デスクは根拠の無い前向きの言葉を吐いたのか、それとも、それは僕を気遣う心配の疑問符だったのか、あの時は、そんなくだらないことばかりを考えていた。  ちゃんとしたくなかったのだ。    母の携帯を鳴らした。――出ない。父の携帯を鳴らす。誰も出ない。何度も交互に繰り返した。いつしか部屋には日が射し始めている。繋がらない携帯を握りしめて、やり場のない怒りに身を震わせた。   連絡があったのは午前10時を回っていた。僕はそれを会社で受けとった。  母は受話器の向こうで、「……お父さんがいない」と繰り返した。何を聞いても独り言のように、そればかりを言い続けている――。  それでも僕はデスクみたいに、「大丈夫」って言葉を、どうしても口に出来なかった。あまりに無責任で、この不条理に対して最も相応しくないように思えたからである。そして、「行くね」って一方的に伝えてから携帯を切った。
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