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着々と準備が整うにつれ、屋上のコンクリートに映る影が濃くなっていく。
太陽は完全に顔を出したが、未だ、ここには一日の始まりを疑うような気配が充ちていた。
ふと腕時計に目をやると、側頭部付近に二葉の視線があるのが分かる。
――午前7時ジャストに飛ぶ。これも彼女のスタイルなのだろう。
顔を起こして、「6時40分」そう口を動かしてからノートパソコンを立ち上げた。
事の起こりは、去年の5月に突然届いた一通のメールだった。
その内容は二葉からの執筆依頼――。
あなたは断れないはずだと綴られた文章を今でも取ってある。
そして、私はビルとビルの間をジャンプする聾唖の女子高生を書くことになった。
ネットにあった。「悪魔とは既存の価値観を揺さぶり、選択を強いる者」二葉はまさにそれだった。
小説家として倫理観と引き換えに悪魔と取引した。これを本にする。そう決めたのだ。
6時52分。あと8分。ルカを見た。堂々とした態度に変わっている。
覚悟が足りないのはどうも自分だけのようだ。正直、悩んでいた。職業作家として追い詰められていた。
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