溝口水晶の人となり

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 僕は取材として帰郷することした。色々と、そのほうが現地で規制も緩いし動き易いというデスクの配慮からだった。急な仕事の引継ぎも含めて、デスクには感謝しかない。  広島へ向かう新幹線で母のことを考えた。恐らく母も分かっていたのだろう。ちゃんと言葉を交わしてしまうと頭の中が整理され、父についての現実が急に鮮明になってしまうことを。今は未だ、その覚悟のようなものがないことを……  避難所にいた母に会えたのは17時を過ぎていた。警察によると、依然約2万人に避難指示・勧告が出され、600人程がここに身を寄せているらしい。  母さん――毛布に包まって、小さな鼾をかいて眠っている。その埃だらけで一気にやつれたような顔に、暫く声を掛けられないでいると、ふと瞼が震え出して、ゆっくりと開いた。  その瞳は初めて僕を目にしたように焦点があっていない。瞳孔が、ギュと縮まってから、そこに映る僕を揺らし始めた。  母から聞いた。父はその日の早朝、あまりに降りしきる雨に心配になり、近所の仲の良かった老夫婦の家を訪ねたという。それ以降、連絡が取れないらしい。  翌朝、小雨が降る中、取材許可を得た僕は被災地に足を運んだ。そこで目にした光景を一生忘れることはないだろう。恐らくこれからは何をするにしても付き纏われる。
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