星のランプに手が届く。

2/8

109人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ
 さて、問題を整理してみよう。  ――いったいどこから書き始めればいいのだろうか。ここ数年間の生活を顧みて先ず思ったことである。そう、自分の一日には明確な区切りがないのだ。……敢えてここは言おう「常識」と、そして、ここ数年に於いて、久保あきらはそれがある人のように、定時に朝、ちゃんと布団から這い出して来て、朝食を取って、仕事に行って、やり甲斐を感じたり、悩んだり、失敗したり、喜んだり、人間関係に苦しんだり、恋愛や金や結婚など、人生と言う名のRPGを「常識」という枠の中でプレイしてこなかったのである。ほんの少しの成功が恰も、さも雄弁であるように取り繕っていたのだ。また、同時に作家とはそのようなものだと承知していた。  幸せかどうかは別として、昔の同僚からの「羨ましい」メールを見ては悦に入っていたのである。  久保あきらは福岡の大学を卒業して、大手と呼ばれる旅行会社に就職した。 「志望動機を教えて下さい」――当時、自分とは別世界にいる大人達からの質問には必ずこう答えていた。 「……色んな世界に行ってみたいとか、人が喜ぶ姿に、やり甲斐を感じるとか、そう言うのではなくて、単に物書きになる為の足掛けのようなものです」  会社に人生の殆どを捧げてきた彼らにとって、腸が煮えくり返るような回答だったろう。  ただ、その履歴書には近い将来、会社がそれを明瞭に描くことが出来るだけのメリットを載せていたのである。だから、こんなにも世間を舐めたような自分を鉈で切るみたいにバッサリと出来なかったのだ。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加