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――4年前、大手出版社の新人賞に応募した作品が賞を取り、会社を辞めて東京に出た。続けて上梓した旅行会社時代の体験談を綴った2作目も相応に売れた。
自信と希望はまるで比例するかのようで、私の視線をどんどんと上げていく。
ただ、そんなに甘くはない。灼熱の太陽に自慢の翼は見事に溶かされ、案の定、墜落したのである。(……何を書いても意味が滑り落ちていく。イップスのようなものかな)
今は唯々、渋谷のTSUTAYAのテーブルで、夜な夜な身を伏せて現状を嘆いている。
そんな中で出会ったのだ。不協和音に似た彼女に興奮したのを憶えている。
6時57分。二葉はすーと立ち上がり直立したままで目を閉じた。
私はキーボードを打ち始める。彼女の一挙手一頭足を見逃さないように、用いる才能の全てでそれらを記録していく。
佇まい、息遣い、額の汗、横顔、揺れる髪、周辺の様子、ルカの仕草――殊に、それらを出来る限り客観的に書いていく。
そこに他人の主観が入るのは彼女が一番嫌がることだから。
ルカが60秒前と声を掛けた。
聞こえないはずの二葉が、はっと目を見開く。剥き出しの内臓を見せるようだった。
そのまま暫く前だけを見つめている。
その姿に「まるで未来を見ているようだ」と指が動いたところで、back spaceを連続で叩いてその文章を消去した。
ふぅー客観的に、客観的に、客観的に、客観的に……そう心の中で幾度となく反芻する。
ただ、私はその行為を「視る」という文字で書き留めた。それから「彼女は神様の生贄なのか?」と疑問符をつけて唯一の感想を綴ったのだった。
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