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Bar「a Little Bit」はそこにある。黒く塗られた板塀が続くこの辺り一帯で、蔦が絡まった外観と表札の無いアンティークな扉は如何にも隠れ家的な印象を与えた。
――僕は中へと入っていく。
四隅にある間接照明が店内に濃淡を付けて、光が濃く交ざるカウンター周辺では、夕闇の底に却って、はっきり浮かぶ月のような潔ささえある。
また全体的に緩やかな心象を醸しているのは唯一のテーブルの横で揺れるロッキンチェアーがそうさせているのだろう。
カウンターの奥から2番目の席に腰かけた。
壁を囲むように置かれた本棚には、昔の文豪と言われる作家の小説や世界中の絵本、旅にまつわる写真集が並んでいる。
さらに、6席ほどあるカウンターの後ろでは高級なお酒と共に様々なグラスが調度品のように飾られて、登場を今かと待っている。
どのグラスにお酒を注ぐのかは、お酒の性質であり、また注文した人物の人となりを見てマスターが決めるらしい。
初めての人は、その選ばれたグラスで提供されたお酒を口にすると、殆ど誰もが驚嘆の声を上げるという。
――「えっ何か違う」その感嘆符着きの言葉は、さらにマスターを饒舌にするようだ。
陶器のカップで提供した時なんかは、殆どその話で持つというから、確かに魔法を掛けられた空間が出来ていたのだろう。
僕は以前、その選択基準について質問したことがある。「企業秘密」だと微笑むマスターを前にして果子さんは言いのけた。
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