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「ほら、占いとかと一緒で、当たる、当たらないかは、そう問題ではなくて、いかに信じ込ませるかが重要なの。大事なのは雰囲気と前後の会話術。言葉って同じことを言っても発言者によって性格が変わってくるでしょう。だからマスターって初めての人には、わざと不愛想な態度をとっているのよ」
……よく分からなかった。僕は直ぐに「なぜ?」って聞き返す。確かに最初は、とっつき難い人だなって思っていた。
「そうすると不安になるでしょ。そして、ドキッとさせるようなことを言いながら、適当に選んだグラスで、さっとお酒を出す。するとね……」
果子さんが目を見開いて鼻から大きく息を吸っている。つられるように僕の鼻も膨らんだ。
「魔法が掛かるの。……案外ね、世界はこんなにも単純に出来ているみたい」
そう話しながらフラスコを逆さにしたようなグラスでギムレットを飲んでいる。
レイモンド・チャンドラーの小説に出てくるカクテルらしい。そして、秘密を明かすように更に小さな声で囁いた。
「……でもね。この魔法には制約があるの。あまりに乱発するとね、いつも同じようなことを言われているって、ばれるのだって――」
その時の僕の鼓動は速かった。果子さんの横顔が、あまりに綺麗だったからだ。
少しだけ世界の秘密に触れたような気がしていた。
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