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結局その日、果子さんは来なかった。21時を過ぎたところで携帯が鳴った。クライアントとトラブルが発生したらしく、こらから対応するのだという。
僕はいつもメールでいいと言うのだが、必ず電話で説明される。どうも昔の人と同じで、文字だけでは本当に伝わったかどうか不安になるらしい。
僕には彼女が指す「昔の人」の基準がよく分からなかったが、確かに彼女の書く文章は無駄が省かれて、その裏に隠された感情を読み取るのが難しかった。
だから説明不足でも、概ね心情も伝わる声の方を選ぶのだろう。これもまた彼女の合理的なとこだと思う。
会話の最後に、――「後輩の失敗談を楽しみにしています」そう言って携帯を切った。
もう少し飲んで帰ることにした。久しぶりに魔法に掛かって気分がいいのか、記憶が次々と蘇ってくる。
Bar「a Little Bit」は果子さんを初めて見た場所である。ここに来たのは僕が広島から戻って落ち込んでいた時に、葉山デスクに連れ出されたのが最初だった。
不愛想なマスターの「悩みでも」っていう、いきなりの低い声に心を見透かされたようで、落ち着かなかったのを憶えている。
今考えると、悩みのない人間を探す方が難しい。魔法に掛かった瞬間だったのだろう。
すると、葉山デスクが唐突に、おかしな質問をした。
「ねぇ スイショウ……もし、あなたがAIだったら何を考える?」
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