溝口水晶の衝撃(2度も誘拐監禁された少女)

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 ――2045年頃には、AIが人間の知能を凌駕する技術的特異点が訪れるという。AIが獲得する「心」が僕たちと同じとは限らない。  AIにはAIなりの「心」が芽生えるかも知れない。それでも僕たちは、互いに「心」を通い合わせることができるのだろうか……   飲み過ぎた僕は、そんなことばかり考えていた。  何だか少しだけ「心」が休まるようで、それはそれで不思議な感覚だった。  その日は平日ということもあり客が少ないようだ。マスターもロッキンチェアーに腰かけてアルベール・カミュの「異邦人」を読んでいる。  僕たち以外には、カウンターの一番奥の席で、両肘を付いて頭を抱えた女性ひとりだけだった。  白くて長い指の間から、黒髪の束が滝のように流れ落ちて、その顔を隠している。黒のロングワンピースにグレーのパーカーを羽織って大人カジュアル風にアレンジした着こなしは上級者だとデスクは言った。左手にある時計も人気のブランド品らしい。  僕は気になって暫く目を止めていた。  時々、髪をかき上げてシェイクしたウオッカマティーニを飲んでいる。それはジェームスボンドが敬愛したカクテルだと、後に彼女から教えてもらったのを憶えている。その時は、なんて横顔の綺麗な人なのだろうと思っていた。映画で見たレプリカントのようだった。  ……ただ、泣いていた。
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