02:霧惑海峡の幽霊船

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 この世を遍く覆う魄霧の性質が解き明かされ、世のほとんどの現象が説明できるようになって久しいこの時代、「幽霊」と呼ばれたものは、肉体を失った魂魄が物質界に一時的に焼きつく現象である、と判明している。  しかし、今、コルネリアが立っている場所は、「幽霊船」と称されながら、確かに実体を伴っている。それは、素足から伝わる鈍い痛みと、確かな床の感触からも明らかであった。  ことごとく船が消える禁断の海域を彷徨う、継ぎ接ぎの幽霊船。これでは、まるで荒唐無稽な海洋冒険物語の世界だ。  そして、これまた物語から飛び出してきたような奇妙な風体の男は、数々の装飾品で飾り立てた手を胸の前に寄せて、優雅に一礼する。 「幽霊船の主として、あなたを歓迎します、フロイライン。どうか、その儚くも気高い魂を霧の女神に捧げることだけは、思いとどまっていただきたい」  その言葉に、コルネリアもやっとのことで我に返る。  もしかすると、この男は、コルネリアが思い余って身を投げようとしている、とでも思ったのだろうか。確かに、甲板の縁に足をかけたこの状態では、そう見えてもおかしくないかもしれないが――。
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