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01:揺れる、世界
『コルネリア』
蜜のように、毒のように、甘く響く声。
太く硬い指が両の肩に食い込む痛みに、つい、小さな声が漏れてしまう。
しかし、膝を折り、少女に視線の高さを合わせた男は、そんな少女の苦痛にも気づいていなかったに違いない。男の目はすっかり充血し、眉間には深々と皺が刻まれ、顔のあちこちが酷く引きつっていて、紛れもなく「正気を失った」顔であった。
『コルネリア』
もう一度、男が少女の名を呼ぶ。
『パパがいいと言うまで、扉の外に出てはいけないよ』
そのとき、男に頷き返したかどうか、今となってはさっぱり思い出せずにいる。その時の男の顔も、少女がいた玩具箱のような部屋も、部屋に似つかわしくない分厚く重たい扉も、細部にいたるまではっきりと思い出せるというのに。
その時のことだけが、まるで日記のページを破ったかのように、ぽっかり抜け落ちている。
次に思い出すことができるのは、開け放たれた扉と、その向こうに広がる赤い色。
そして、その中心に佇む――。
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