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ぎり、という鈍い音が響く。それは、男が歯を噛み締めた音であった。
「おお、ミスティア! 何故あなたは、このいたいけな少女をただ一人取り残したもうた! その万能の手で、全てを救おうとしなかったのか! 人の情を持たぬもの、冷酷なる霧の神よ!」
先ほどまで賞賛を述べ立てていた口が、打って変わって女神への怨嗟を並べ立てる。コルネリアからその表情をはっきり窺うことはできないが、全身を使って表されているのは、紛れもない「怒り」の感情だ。
床を踏み抜くのではないか、と見ているコルネリアが不安になるほどの強さで床を蹴った男は、コルネリアではなく、あらぬ方角を振り仰ぐ。
「女神! 気まぐれな女! その手で創ったものを、どれだけ顧みたというのか! 海に沈みゆくものを、せせら笑ってきたというのか! 私はあなたを恨むぞ、女神ミスティア! この声があざ笑うあなたに届くまで、呪い続けてやる!」
大きく開かれた口から放たれるのは、哄笑。コルネリアの存在などすっかり忘れてしまったかのごとく、狂気に満ちた声が狭い部屋にわんわんと響き渡る。
――この男は、おかしい。
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