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お嬢様の部屋のドアには真鍮のドアノッカーがついている。用事のあるときは、これで4回ノックするのがしきたりだ。
「は~い」
中から花のようなかわいい声がする。
「昼食の用意ができました。ダイニングルームへどうぞ」
僕が少し大声を出すと、わかりました、という声が聞こえた。
僕は大学卒業後、ある大物代議士の秘書になった。最初は雑用ばかりしていたが、代議士の17歳の娘のお世話もそのひとつだった。
お嬢様はダイニングに来て椅子に座ると、ナプキンを広げもせずテーブルに放り投げた。
「食べたくない」
目の前には黒毛和牛のステーキや、トリュフと生ハムのアンクルート、アヴァンデセールやデザートが所狭しと並んでいるというのに。
「お嬢様、わがままはいけません。どこか具合が悪いのですか?」
「ううん、だって、お昼からこんなにいっぱい食べられないし」
お嬢様は、はあとため息をつく。
僕にとってこの家は浮世離れの別世界で、珍しいことばかりだ。でもこの豪華なランチも、お嬢様にとっては食べ飽きたものなのかもしれない。
「でしたらお嬢様。私と一緒に外で食べませんか?」
「佐倉と?」
彼女の顔がパッと輝いた。勝手に連れ出したら先生に怒られてしまうかな、でもしょげている様子を見ていると、何とかしてあげたくなった。
「はい、ファミレスに行きましょう」
「ファミレス? 聞いたことあるわ」
「さる高貴なお方もお忍びで通われるファミレスがあります。そこへお連れしましょう」
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