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 甘いパンケーキの匂い。  ふわふわしていてすごく好きだ。  甘いのはすごく好き。 「食べねえの?」  目の前で苦虫を噛み潰したような顔をしてコーヒーを飲むクラスメイトに、おれは笑った。  居心地悪そうに長い足を組み替える。  狭い店内は女の子でひしめき合っていた。こっちを見ているような気がしたけど気にしない。 「甘いのやだっけ?」  そういえばこないだ一緒に行ったドーナツ屋では、甘さ控えめのバナナブレッドを食べていた。おれが半分食べたけど。  低いテーブルには生クリームとクランベリージャムのたっぷりかかったパンケーキが大きな皿でふたりの間に置かれている。 「普通」 「美味いよ?」  パンケーキの何もついていないところを切り取って、フォークで差し出した。 「ほら、食べてみろよ」 「……」  え、なんで息詰めんの。 「…いいって」 「いいから」 「いらねえ」 「えー、食わず嫌いは駄目じゃん」  ほら、ともう一度言うと、観念したようにクラスメイトはため息をつき、少し身を乗り出してフォークの先のパンケーキを食べた。指先に伝わる、フォークに歯が触れた感触。 「美味い?」 「…胸焼けしそう」 「ははっ」  笑って、おれは生クリームがついたところを頬張った。 「あーあ…」  店を出ると雨はひどくなっていた。歩道のアスファルトに跳ねた雨が足下を濡らす。傘ひとつで駅に着くと、クラスメイトはおれにその傘を差し出した。 「え、なに」 「傘、おまえが持って帰れ」 「え、なんで? おまえが買ったんじゃん、おまえのだろ?」 「濡れたくねえんじゃねえの」 「そ…」  それはそうだけど。  改札を抜けた駅の出入口は、雨が途切れることなく降り続いている。まだ夕方なのに夜のように暗かった。 「じゃあまたな」  そう言って帰って行くクラスメイトの肩は、半分ぐっしょりと濡れていた。  おれはあんまり濡れてない。  いつも、あんまり濡れてない。 「…なに?」  気がつけば、おれは雨の中に歩き出したクラスメイトのコートの背中を引っ張っていた。  濡れるぞ、と手に持っていた傘を取られ、差し掛けられる。傘に当たる雨の音。 「なあ」  とおれは言った。 「…うち、来る?」
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