8

1/1
前へ
/14ページ
次へ

8

 クラスメイトが差し出したそのチケットは、おれが行きたいと思っていたデジタルアートの展覧会のものだった。 「え⁉ わ、わ! なに、なにこれ! え、なんで、なんでっ?」  信じられなくて大声を上げた。ものすごい人気で即完売だったのに!  ほら、と手の中に押し付けられる。 「そういうの好きか? 俺の親が会社関係でもらってきてさ、よかったら…」 「行くっ!」  相手が言い終わらないうちにおれは言い切った。 「いくいくっ、やった! ありがとう!」  もちろんおまえも行くよな、と言うと、クラスメイトはぽかんと一拍間を空けて頷いた。 「昼メシ奢るからさ」  それが木曜日の昼休み前のこと。    そうして楽しみにしていた、土曜日。  展示会は見るものすべてが綺麗だった。  美しく、壮大な世界。からっぽの箱が無限に変化する。  真っ暗な部屋の中に浮かび上がる星空が、足下から湧き上がっていく。  浮遊感。  宇宙の中にいる気分だ。 「すごい!」 「ああ、ほんと…」  下から上へと昇る無数の雨粒。 「な、すごい! 来てよかっただろ? な?」  そう言うと、クラスメイトはおれの顔を見て微笑んだ。 「ああ」  妙にどきりとする。  学校以外で会うのは初めてで、なんか新鮮だった。  私服だと印象が変わる。濃い目の細いデニムに薄い紺のコート、白いシャツ、革靴。全体が紺色でまとめてあってよく似合っていた。大人みたいだ。おれなんかもこもこしたぶかぶかのトレーナーといつも穿いてる黒スキニーに履き古したブーツだし。  トレーナーなんか着過ぎて肩抜けそうで、下にTシャツ着て誤魔化したし。  …なんか。  落ち着かない。 「お茶でもするか?」  会場を出るときに振り向かれて、おれは頷いた。  甘いものが食べたかった。  胸焼けするくらい甘いものが。 「あ」  外に出たとたん、頬に冷たいものが当たる。  見上げると、ぽつぽつと暗い空の隙間から雨が降り始めていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加