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――この世に平等なんて無いと知ったのは5歳くらいの頃だろうか。
俺の幼馴染は美形だとか、顔がいいだとか、そんなのではない。
ただ昔から、人には好かれる男だった。
幼稚園では愛嬌爆発、先生達をメロメロ、保護者からも人気を博し、発表会等ではフラッシュの嵐で前が見えないと言う前代未聞の伝説を残し、それは小学校、中学校に上がっても。
先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われ、勿論同級生からの人気も衰える事は無かった。
勉強が出来る訳でも、運動神経抜群と言う訳でも無かった。顔もどちらかと言うと普通で目立たない部類なのだろう。身長も俺より少し低いくらいで平均程で留まっている。
だが、天真爛漫でいつも口角を上げニコニコと笑顔を振りまき、誰にでも分け隔てなく接する性分。
内面から滲み出るそれらの性格の良さが人を惹きつけたのだろう。
だからこそ、俺はそんな彼が苦手だった。
幼馴染だからこそ比較対象としては最適だったのか、親ですらいつも『あんたももう少しみーちゃんを見習ったら?』なんて耳ダコ。
最初の頃は何とも思っていなかったが、こんな事を言われ続けたら、そりゃ卑屈にもなるのも当たり前だろうと思う。
でも、やっぱり俺は幼馴染を嫌う事なんて出来なかった。
『よっちゃんっ!』
そう言って俺の手を取るアイツの手を俺は振り払う事が出来なかった。
それを後悔したところで何もかも遅くて、歯軋りする事しか出来ない。
何となく微妙な家庭内の空気が嫌で、逃げる様に入った全寮制の高校にまさかアイツも一緒に入学するとは思わなかった。進学校なのもあり、言い方は悪いがアイツが合格するなんて想定もしておらず、喜ぶ表情を前に俺は引き攣った顔しか出来ていなかったと思う。
案の定と言うか、予想通りと言うか。
フットワークの軽さで高校入学してからすぐにアイツは色々と交友関係を広めていった。
隣の席だったからと言って親しくなったバスケ部と弓道部のクラスメイト、仮入部で入った美術部の先輩。階段から落ちそうになったのを救ってくれた二年。委員会が一緒で筆記用具を貸してくれた三年生。
図書室で本を一緒に拾ってくれた…と数えたらキリがない。と、言うか何でそれだけで話をする仲になったり、一緒に飯を食うまでになったりするのか不思議で仕様がない。
けれど、そんなに友人が出来たとしても、先輩と和気藹々としていたも、必ずアイツは俺を見つけると、ぱぁっと笑って声を掛けて走ってくる。
『吉野ー!』
前みたいによっちゃん、と言うあだ名はもう勘弁してくれ、と言ったのを忠実に守り、『吉野』と呼ぶ幼馴染。
「三月」
三月生まれだから、みつき。
春と冬の境目、暖かい息吹を巻き起こす。全くその名の通りだと思う。
ただ、三月に惹かれて寄って来た奴等は総じて皆同じ症状を起こすのだ。
三月と話したい、三月に笑って貰いたい。
三月と話すのは自分だけでいい。
三月の笑顔を自分だけに向けて貰いたい。
男も女も一様に子供の様に三月を独り占めしたくなる、と言う厄介な症状。
そうなると、穏やかで明るい性格だったヤツも三月に対する執着が眼に見えて分かる様になり、周りの奴から遅れをとるまいと焦りから余裕が無くなってくる。
しかも、ここは全寮制の男子校。
異性が居ないのが災いしたのか、歪んでしまった恋愛感情にも似たそれに抑圧され、グルグルと渦を巻き留まり続けた出口を探し続けた結果が、一番邪魔な奴は俺だと認識するのだ。
三月に聞こえない様に、
『幼馴染だからって、何でもお前を優先するのっておかしくないか』
そんな事をぼやかれ、
三月に見えない所で、
『いい加減気付けよ、目障りなんだよっ』
と、吐き捨てられ、
『空気が読めないとか、最悪ですね』
侮蔑を含んだ眼と声音で見下ろされる。
またこのパターン。
今までも何度ともあった事だが、そうだった。
ここは全寮制。どこにも逃げ場がないと知った時は目の前が真っ暗になった。
そうして、ここにきて、今までとは違った展開を迎えるのも予想外だった、全てを甘く見ていた。
痛い、痛い痛い痛い痛い苦しい、苦しい、息が止まりそうになる。内臓がせり上がってくるみたいに吐き気がする。気持ち悪い、気持ち悪い。
は、は、は、と犬みたいな浅い息を繰り返して、痛みを逃そうとしても、時折甲高い声が出てしまう自分が気持ち悪くて仕方ない。リアルに今自分が置かれている立場を見せつけられ、涙が溢れて仕方ない。
何で?
何でこうなった?
揺さぶられる頭で必死に思い出す。
「三月が大事にしている人間だから、俺直々に犯してあげましょう」
そう笑って言ったのは図書室でいつも本を読んでいた先輩だった。
いつも落ち着いて笑みを浮かべ、物腰も柔らかく、三月もとても懐いていた。
俺にも他の奴らと違って悪意ある事をせず、丁寧な口調で普通に接してくれ、驚かせた人物。
三月に対する様に慈愛に満ちた笑顔を向けてくれる訳では無かったが、それでも危害を加えないと言う点で信じられない程安心させてくれたのに。
ポケットから飴を取り出し、三月に餌付けしながらも、
『君も居りますか?』
と掌に転がしてくれたのに。
それが、今はどうだ。
制服のズボンとボクサーパンツだけを脱がされ、何の準備も前戯も無く、俺の尻に自分のペニスを突っ込んでいる。
あまりに性急な事に停止していた脳が動き出し、セックスしていると気付いたのは、遠慮容赦なく揺さぶられてからだ。
労われるでもなく、快楽を求める訳でも無い。
ただ、俺をいたぶるだけのそれ。
痛いと叫んだところで止めてくれる訳も無い。泣いたところで抜いてくれる訳でも無い。
ふやけた視界から覗く先輩の唇はいつも通り笑っているのに眼は酷く歪んでいて、そこに何の感情も見えない事が怖かった。
何で俺が…。
何で俺がこんな目に合うんだよ…。
初めて、本当に初めて憎い、と思った。全部、全部。
何もかも全部。
一度そんな黒い感情で気持ちが塗りつぶされてしまえば、もう全てが黒く見えた。
三月も嫌だ、比較してきた両親も、露骨に贔屓していた教師だって、友達面していた友人達も、アイツに引っ付いて嫉妬してくる奴等も嫌だ。
嫌だ、いやだ、いやだ、嫌いだ、嫌い、嫌い。
全員嫌いだ。
そして、この男も。
終わりの見えないこの非生産的な行為。下肢は麻痺しているのか、俺の身体が何もかもを拒否しているのかどうなっているか分からない。
「男に犯される気分はどうですか?三月に気に入られてるからって、調子に載った報いですよ」
そんな事を言われても、もうそれに対する悔しさとか惨めさとかもう感じない。
嫌い、だ。
股の間にある腰を何とか脚でホールドし、目の前にある先輩の肩を震える手で掴み、そのまま首根っこを掴んだ俺はぐっとそこに顔を寄せた。
傍から見たら、恋人同士が愛ある性行為をしている様にしか見えないだろう。
先輩も俺のそんな行動にびくっと身体を震わせるのが分かったが、またお構いなしに動き出す。
無造作に捨てられたズボンのポケットから転がった飴が見えた。
一か月も前に貰った、この人から貰った飴。
――――勿体なくて、食べれなかった、それ。
だから、俺は紡いだ。
呪いの言葉を、ずっと、ずっと紡いだ。
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