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大祝神社(おおほうりじんじゃ)
古くからこの地に眠る「荒ぶる神」を封じるための家というのが、日本各地にはある。
そういう家の1つが大堀家で、この大祝神社の神主だ。
もともとは「大祝(おおほうり)神氏(じんし)」という神職の名前だったのが「大祝」となり「大堀」という名前になったらしい。
月影と星影という2頭のご神馬の世話をする仕事を初めて半年。
月影はたてがみが黒く体の色は満月の月の色をしている。星影は体が黒くたてがみに白いまだらが入って星のように見える。
月影はいたずらが好きなので、私が馬小屋を掃除したり餌の用意をしていたりするときに、髪を引っ張ってくる。
「こら、月影。やめてったら。」
そういうと、髪を離してニヤッと笑うような顔をして見せる。これが人間の男だったら「エロおやじ」といって、蹴り飛ばしてやるところだが相手が馬じゃあ仕方ない。下手をすると蹴り飛ばされるのはこっちになる。それに向こうには悪気はないんだろう。笑ったような顔に見えるのも、こっちがそう思っているだけで、馬としてはそんなつもりはないのかもしれない。
星影はそういうことはしないので、扱いやすいかというとそうでもない。なんとなく気難しいのだ。気分屋とでもいうのだろうか、おとなしく触らせてくれる時もあるけど、『今日はそういう気分じゃない』っていう風に取りつく島のない日もある。そういう時は仕方ないから、最低限のことだけをしておくしかない。それも気に入らないみたいに、鼻を鳴らされながらだけど。
星影って、ちょっと嫁をいびる姑っぽいよねって思うこともある。こんな姑だったら怖いだろうなあ。きちんとしていることが好きなくせに、気分屋って一番面倒だよね。馬だからいいけど。
「馬の世話、終わったらこっちに来てください。」
神主から声がかかった。
「はーーい。」
この神社の御神体は「空から降ってきた石」。石というより岩という方がいいような大きさなので、立派なお社は、その「お石様」を守るために建てられているらしい。不心得者が石を削ったり割ったりしないように、ということらしい。
古来から「ご利益のある石」というのは、そういう目にあっている。有名なのは「鼠小僧の墓石」なんかもそうだろう。なんで泥棒の墓にご利益があるのかはよく分からないところもあるけど。
それにこのご神体は時々「光る」とも言われている。私は見たことはないけど、夜にこの神社のほうでボウっとした光が見えることがあるらしい。どうせ、なにかの見間違いだろうけど。
この神社にはご神馬のほかにもご神木があって、大変立派なイチョウの木が境内にある。秋になると落ち葉がすごくて、掃いても掃いても落ちてくる木の葉と格闘する毎日になる。たまに銀杏を拾いに来る人もいるようだけど、それは神社としては見て見ないふりをしてスルーということになっている。
サルやイノシシも食べにくるようなので気をつけるように、という立て札は立ててあるが、今のところ私は見たことがない。ここにいるのは馬と鳥くらいだ。そうそう、ご神鶏もいる。放し飼いの鶏だがよく馬小屋にいて馬に乗っていることもある。雄鶏と雌鶏がいて、馬小屋の敷き藁に卵を産むこともあるので、馬小屋の掃除の時は気をつけないと卵を割ってしまう。初めのころは、危うく踏んづけてしまいそうになることもあった。星影の馬小屋が特にニワトリたちの、いやご神鶏たちのお気に入りらしくてよくいる。卵を踏みそうになった時も、星影が私に頭突きを食らわせてきて「なにするのっ」ていうことがあったっけ。ぶるるっと鼻を振るわせて苛立たしそうに足踏みをしてみせて、初めて卵が足元にあるのに気が付いた。卵を踏みそうになった私を突き飛ばしたってところらしい。
「あ、ごめん・・・。卵があったんだ。」
そういうと星影は『分かればいいんだ』というように、ぶるっと鼻を鳴らしてプイっと向こうを向いたしぐさが、なんとなく照れてるようで意外といいやつなんだなと思ったこともあった。
月影のほうに御神鶏があんまりいかないのは、すぐにちょっかいを出そうとするからだろう。前に雌鶏が月影の馬小屋に入ってしまったときに尾っぽを咥えられてしまって、大騒ぎになったことがあった。雄鶏もすぐに月影のほうに突進して月影の頭に飛び乗り頭をつついたり引っかいたりして
いるうちに雌鶏の尾っぽが抜けて、あたふたと逃げて行っても雄鶏が興奮してしまって月影をさんざんつついて額が血まみれになるほどのけがをしたことも。
それでも懲りずに月影は御神鶏が近寄ってくるとちょっかいをだそうとするので、御神鶏のほうが警戒していかなくなったというわけ。
それにしても星影の背中や頭に、ちんまりと御神鶏がのっているのを見ると、ついつい「ブレーメンの音楽隊」という言葉が頭に浮かんでしまう。
あれは馬じゃなくてロバだし、あと猫と犬もいるんだけど。馬とニワトリという組み合わせって、そんなに普通はないような気がするせいかな。
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