君が見ているのは

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 加藤美佳(みか)が、椅子の背もたれに右腕を乗せて振り向く。 「ねえ、有希(ゆき)。今日終わったらサイゼ行かない?」  私は世界史の教科書から視線を外し、美佳を見た。 「いいけど。なんで?」 「昨日たまたま見たテレビにピザ職人が出ててさ、どうしてもピザが食べたくなった」  美佳は、にいっと笑うと、右腕はそのままで顔を90度回転させた。隣の席の男子二人に話しかける。 「宇田(うだ)と遠藤も行くでしょ?」 「なんで俺らは最初から行くことになってんの? まあ行くけどさ」  宇田くんが唇を尖らせる。美佳が「行くならいいじゃん!」と宇田くんの肩を叩いた。  私は隣の遠藤くんの様子をうかがう。彼がふいにこちらを向き、無言で微笑んだ。きゅ、と心臓が痛くなる。 「なあ、康平(こうへい)はどうする?」  宇田くんがくるりと振り向いて、遠藤くんに問う。 「いいよ。予定ないし」 「わーい、じゃあ決定ね!」  美佳が両手を挙げて、嬉しそうに足をバタバタさせる。 「これでテスト頑張れる」 「加藤、明日もテストだってこと忘れてない?」 「だいじょうぶ、サイゼで勉強するから」 「絶対できないでしょ、それ」 「ちゃんとやるし! 宇田こそ赤点とらないように頑張れ」 「うっせえ! 言われなくてもやるわ!」  美佳と宇田くんの楽しそうなやりとりを眺めていると、カツカツという音が聞こえた。  細くて、白くて、長い、遠藤くんの左手人差し指が、私の机の角を叩く音だった。  驚いて右隣を見ると、笑顔の遠藤くんが小声で「楽しみだね」と言った。  私は目を泳がせながら「そうだね」と返すことしかできない。 「はあい、みんなおはよう! テスト2日目だよ。ちゃんと勉強してきたかな」  担任の先生が入ってくると、美佳と宇田くんは慌てて前を向いた。  二人の背中を見て、席が離れていたら、きっとこの二人とは仲良くならなかっただろうなと思う。それに、遠藤くんと話すこともなかっただろう。
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