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縛る泉 ~鹿部・間歇泉にて
あれからまた一時間程歩いて鹿部の間歇泉(かんけつせん)に辿り着いた。故に鹿部の町に入ったという事だ。
私は荷物を地面に下ろしてその場に腰を下ろした。
凡そ一時間半程歩いて鹿部に着いた。何か奇(おか)しい。どう考えても一時間半程であの函館の街を出て鹿部の間歇泉に着くなんぞ到底有り得ぬ話である。
別に私は此処(ここ)まで常に全力で駆けて来た訳では無い。一歩一歩踏み締めて此処までやって来た。それなのに何故だろう。まるで私がこの間歇泉に何らかの見えない力によってぐいぐいと引き寄せられる様な感覚へ無意識の内に陥ってしまっている様だ。
まあ善い。泉の噴き出るところを一目見られればそれで善いのだ。
しかし何分おきに泉が噴き出すのかは判らない。まあ少しの間待って居れば何時(いつ)か直(す)ぐに噴き出すと思われるが。
どういう事だ。
私はこの旅に時計を持って来て居ないので正確な時は分からぬが、少なくとも十分は経っていると思われる。
一体何時になれば泉が噴き出るのだ。
このまま噴き出て来ないつもりなら、さっさと此処から発(た)ってやる。
あれから再び十分程経った頃であった。
全く噴き出る気配がしない。
私は気を落とし、荷物を取ろうとした。
しかし、何故か身体が動かない。と云(い)うより、私の身体が此処を離れたく無くて私の精神を縛っていると云った方が正しいのだろう。金縛りの様に、まるで動けない。
もしかすれば、この泉自体が「行くな」と私の身体を縛っているのかもしれない。
総(すべ)て私の憶測に過ぎないが、强(あながち)そうかもしれないという事に気付き始めてしまっていた。
明らかに異変は起きている。
函館の街からこの鹿部の間歇泉まで歩いて一時間半程しか掛からなかった事。
今こうして動けない事。
この二つの異変は明らかに奇しい。
現実では有り得ぬ事ばかりだ。
嗚呼(ああ)、動いてくれ。私の身体よ。脚よ。
すると急に身体全体がふっと軽くなり、恐くなった私は急いで立上(たちあが)り、荷物を持って其処(そこ)から逃げた。
しかし、私はその背後で泉が噴き上(あが)る音を聴いた。
恐る恐る後(うしろ)へ振り返ると......
その噴き上る泉の色は紅い紅い血の色をしていた。
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