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満員電車
「私さ…最近怖いもの見ちゃって…」
と始まる話のオチは必ずと言っていいほど怖くない。その話し手が女子高生なら尚更である。
大体が人間の仕業…そしてオチは怖いものといいつつ他人をバカにしたかのように高らかにわらう。偶に人ならざるものが関わっている話があるのだが緊張感がないためかその話はつまらない。
つまらないというのは面白いか面白くないかの話ではなく、怖いか怖くないかである。
知っているであろうか?
「私さこの間痴漢されて…怖くて声も出せなかったんだよね」
こういう話こそ本当に怖いものであると…
ではここで一つ話をさせていただこう
『満員電車』
仕事が終わり電車に乗ろうとすると‥その日は珍しく終電にも関わらず、中はすし詰め状態。ギリギリ私は入ることが出来るが人の圧迫感というのが凄い。その割にはエアコンの空気が直接当たる場所に私の体は固定されてしまう。いつもならありがたく受ける風が、私の肌を冷やしていき体の心まで凍りつかせる。
満員であるにも関わらずまるで誰も居ないのか?と疑いたくなるほど静かであった。
一駅…二駅と私の背中に面するドアが開き、その度に私は降りる人を優先させるように体を退けるが、誰も降りようとはしないでただ何かを待っていた。
そしてまた電車は満員のまま走り出す。また一駅…二駅と進んで行くがもう疲れていたためか、立ったまま私は意識を虚ろにしてしまって、もう誰が降りるかなど気にする余裕も無くなっていた。
その時突然
ニュッと何処からか出てきた手は私の背中に触れた。
始めは誰かの手が揺れによって触れただけかも知れない…そう思った私は耐えようと思った。だがその手はなぞるように下の方へと進んでいき私の臀部を触った。
やだ…これ本当に痴漢だ…
こんな満員電車の中だ…顔など動かせるはずもない。
「次は〜」
車内のアナウンスが静かに流れる
私の降りる駅まであと三駅…
ましてや本物の痴漢に遭うなど思ってなかった私は怖くて何も出来ずに声をひそめることしか出来ない。
「次は〜」
あと二駅…
早くこの電車から降りたい…それだけが私の望みで、その手は何往復も私の背中と臀部を撫で回し内腿の方へと手を回したとき小さな悲鳴を上げてしまう。
「ヒッ…」
「まもなく〜お出口は左側です」
別にここで降りてもいい…あとはタクシーで帰れば良いんだ…それなら別に問題もないし…一駅分ならタクシー料金も安く済むし…
突然私を抱きかかえるように別の手が伸ばされた。それは私の背中まで腕を伸ばして逃さない…というように力強く恐怖を感じた。
だがその後耳元で聞こえたそれによってこの手への恐怖は拭えきれた。
「大丈夫…後ろは見ないほうがいい」
そうは言われたものの人というのは好奇心が勝ってしまう生き物。
後ろを振り返る事ができた私が見たものは…
生気を感じられない人々の背中とその隙間から伸びた無数の手。
このとき初めて気づいた‥私が痴漢と思ってた手は…背後から触れて来てそこには誰も居なかったんだ…
私を何処かへ連れていきそうな数多の手は私の目の前で…うようよ蠢きどこかへ招いているよう。だがそれもドアが閉まっていくことで私は助かった…と思った。
その時だった…
グイッ
その手の内の一つは私の足首をつかみ力強く引っ張る。その力は強く万力で締められてるかのように私の足首を圧迫し引っ張った。
だがそれを信頼できる手は私を外に出すまいと必死で抵抗する。
やがて完全にドアが閉まると手はスッと消え、残ったのは私を抱きしめるように回された腕だけだった。圧迫感も消え気づくと周りには人が乗っていない。目の前の優しい顔をした男性のみだ。
「あ…スンマセン! 体に触っちゃいまして‥大丈夫ッスか?」
彼はその腕を引っ込めて頼りなさそうに笑う。
「いえ…ありがとうございます…アナタは?」
「自分は昔っから霊感がほんの少しあるだけっす…オネーサンがヤバそうだったんで…」
「そうですか…本当にありがとうございます」
それにしてもと私は思った。
「他の乗客は何処行ったんですか?」
「え? 最初っから僕たちだけですよ。居たの…」
そして私の足首に残った痣は今も少し残っています。
あの駅はどこへ繋がっていたのか‥そしてあの『満員電車』は何を乗せていたのでしょうか…
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