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5 ルナリア
ルナリア村は草木が多くて主要な通りだけを舗装した素朴で小さな村だ。
この村には美しい女神が暮らしており、彼女の守護によって人々は平和に暮らしていた。
女神は雨を降らせて恵みを与え、流行り病を消し去り、村人たちが健やかに暮らせるように救いとなっていた。
「ようこそ、ここはルナリアの村です」
村の青年ルミナは、たった今やって来たばかりの旅人にそう声をかけていた。
相手は外套の下に鎧をまとい、立派な剣を持った青年だ。凛々しい顔立ちのなかなかいい男だったがそんなのどうだっていい。
ルミナの仕事は村のよそから来た人間に村の案内をすることだが、正直こんな田舎に特別見る物なんてない。
よそ者にうろつかれて女神に失礼なことをされても困るので、なんとなく刺々しい挨拶になってしまう。
けれど男は返事もせず「ぐふっ!」とか呻いて派手に倒れた。
「えーっと、大丈夫?」
しゃがみ込んで声をかけると、相手はがばっと起き上がってルミナの肩を両手でつかんだ。
「頼む、なにか恵んでくれ!」
それがただの村人ルミナと、のちに英雄と呼ばれることとなる旅の青年アレンの出会いであった。
それは人と魔物が争いを繰り返している時代。
魔物によって故郷を奪われたアレンは、一人魔物と戦う旅に出た。彼は数多の死闘を潜り抜けてきた戦士だが、路銀を魔物にすられるという嫌がらせを受け、ついでに地図もなくしてしまい、森の中を数日間さまよった末にようやくこの村にたどり着いたらしい。
ルミナは何年も前に家族を亡くして一人暮らしだったので、少しの間彼の面倒を見てやることにした。
アレンは義理堅い性格で、助けられた礼として村を野盗や魔物から守ってくれた。
ここのところ魔物が活発化しているせいか、女神の力は弱まっていた。こんな事態なので彼が用心棒を買って出てくれたのはありがたい。
女神ルナリアは村に恵みをもたらせてくれる存在で、この村の名も彼女の名前からとったものだ。
村の誰もが、優しくて美しいルナリアを慕っていた。もちろん、ルミナも含めて。
「いい村だな、気に入った! もうしばらくここにいる!」
と、ルミナの家に居座っていたアレンはこちらの意見も聞かずに宣言した。
どうせ魔物と戦う奴は自分以外にもいるだろうし、世の中のことはそいつらに任せてこの村に居つこうと考えたようだ。
最初は疎ましがっていたルミナもだんだん彼に愛着がわいてきた。
とはいえ別に恋愛感情なんてなかった。ルミナは女性が好きではないが、アレンのことは特に好みでもなかったのだ。
だけど相手はなにかと助けになってくれた。世話をしてやっている見返りなのかと思っていたが、それだけではないのだとしばらくしてから気がついた。
「お前って目が綺麗だよな」
なんて言われたときはさすがにどぎまぎしてしまった。
自分と同じように恋愛対象が同性の相手と会うのは初めてだったし、その相手に好かれるだなんて思ってもみなかったことだ。
いつしか彼を特別に思うようになり、ほどなくして二人は付き合い出した。
村は女神に守られ、隣には好きな相手がいる。
世の中はまだまだ物騒だけれど、少なくともここにいる限りは平和に暮らせていた。
このまま特別大きな事件が起きることもなく、平穏な生涯を閉じることとなるのだろう。
ルミナは漠然とそう考えていた。
それなのに、だ。
「た、大変だ! 女神さまが」
ある日のこと、美しい女神は突然化け物のような姿になってしまったのだ。
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