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確かにそうだ。アレンは後に魔物との戦いに終止符を打ち、英雄と呼ばれることとなる。そんな人が、なぜ恋人をみすみす生贄にするような事態になったのだ。
「悪魔は、倒されるべき存在じゃなかったんだ。生贄で鎮める必要があったのには理由がある」
そのとき、水の中から大きな生き物が現れた。
大蛇のような下半身、醜い斑点の浮き出た肌。くすんだ髪の毛の間から見える濁った眼球。
「これが、悪魔」
リリアは身震いしてしまう。
這い上がってきた悪魔はたたずんでいる二人の姿を警戒するような目で睨んでいた。
早く逃げなければとリリアは思う。彼の手を引っ張って、この場から逃げ出すべきなのだ。
なのに足ががくがく震えて、微動だにできない。
リリアが縮こまっているのとは対照に、ルミナは怯みもせずにスッと一歩前へ出た。
「あれからずいぶん時間が経った」
月光に照らされる悪魔を、ルミナはじっと見上げている。
「魔物との戦いは終わって、アレンは英雄と呼ばれている。みんなは救われたんだ。そうして俺は、あなたを助けるためにこの世へ呼び戻された」
恐ろしい形相でこちらの様子をうかがっている悪魔に、ルミナは冷静に話し掛けている。
「どうか元のあなたに戻ってくれ、ルナリアさま」
「ルナリア?」
聞き覚えのある名前にリリアは反応してしまう。
だってその名は、リリアの暮らしている街の名前ではないか。
「グッ、ウ! ウゥッ!」
悪魔は混乱しているのか、頭を抱えて髪の毛をかきむしっている。
リリアは困惑の面差しでルミナに尋ねた。
「どういうことなの?」
つらそうな顔で悪魔の姿を見上げていたルミナは静かに答える。
「数百年前、村には美しい女神がいた。彼女の守護によって人々は平和に暮らしていた。雨を降らせて恵みを与え、流行り病を消し去り、村人たちが健やかに暮らせるように救いとなっていた。でもその女神は俺じゃない。俺はただの村人で、本当の女神さまは」
ルミナの視線をリリアも追い掛ける。
苦しそうに頭を抱えた悪魔が、どこか悲し気な様子でこちらを見つめていた。
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