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魔物たちの毒は姿を化け物のように変えて自我を奪うものだった。魔物は単にルナリアが気に食わなかったから、こんな話を持ち出して来たらしい。
彼らは狡猾だが、人と違って約束をたがえることはないと聞く。
だがそんな理由で、保身の為に長老たちは女神を売ったのかと思うと腹立たしい。
それで助かったとしてもルナリアに村を壊されるような事態になったらどうする。
いや、むしろそれこそが魔物たちの目的だったのだろう。
「ルナリアさまは毒を盛った連中を恨みもせずに、自分を鎮める手段として生贄を欲しているんだな」
そうこうしている内に、水の中からルナリアが現れた。悪魔としか思えないような恐ろしい姿にルミナは怯みかける。
「来たのですね。さあ、早くこちらへ」
ルナリアの声はひどく濁っていたが、まだかろうじて自我を保っているのが理解できた。
ルミナは迷う。
そして迷うルミナを見てアレンは困惑した。
「おいおいおいおい、よせ。お前が犠牲になる必要なんてない」
「そう思う?」
「だって、それで村が滅んでもあいつらの自業自得だし」
「そうだよな。あいつらの為に死ぬ必要なんてないもんなあ」
けれどルミナは視線を落として考え込んでしまう。
「だけど俺にとってルナリアさまは大事な存在なんだよ。あんな村だけど彼女にとっては大切な場所で、そこをめちゃくちゃにさせたくない」
彼の言葉にアレンは愕然とした。
「俺にとってのお前も、大事な相手なのに」
その呟きを聞いてルミナは視線を上げる。
アレンは怒っているような、悲しそうな表情をしていた。胸の痛みを感じつつルミナは言う。
「お前、すげー強いだろ。頼みがあるんだ」
「なんだ? あの馬鹿どもをまたボコしてくればいいのか?」
「それはそれでありがたいけど、そうじゃない。こうなった原因は魔物たちだ。だからお前の手であいつらを」
そこまで言いかけてルミナは首を振った。
「悪い、やっぱ今のなし。そんな危ないことさせられないし。せめて長生きして、幸せに」
「わかった、やる」
「人の話聞いてた?」
「こんなの絶対に許せないだろムカつくし。お前の自己犠牲もムカつくけどさ」
がっしりと、アレンはルミナの両手を掴んだ。
「約束するよ。魔物たちを倒して、みんな救ってやる。あと俺、絶対に浮気とかしないから!」
「はは、それじゃあその言葉を信じるよ」
ルミナはうっすらと涙の膜がはった目でアレンを見上げ、そのまま顔を寄せる。一瞬だけ唇が触れ合って、すぐにルミナの方から離れた。
そうしている間にもルナリアはにじり寄って来る。
ルミナは彼女の方へ振り返るとおずおずと両腕を伸ばした。
「せめて、これでどうか安らかに」
ルミナが最後に見たのは、月明かりの下で悲し気に涙を流す女神の姿だった。
こうしてルナリアは封印され、アレンは約束通り魔物との戦いに終止符を打ち、英雄と呼ばれることとなる。
そして、長い長い月日が流れた。
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