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1 偽りの女神
「女神ルミナさま、どうか我々にお力を」
ルナリアの街の郊外にある神殿で、美しいローブを身にまとった一人の少女が祭壇に跪いていた。
広間に集まった巫女たちも同じように手を組んで祈りを捧げ、リリアも高鳴る胸をおさえながら祭壇にいる二つ年上の姉、リリカの姿を見守っていた。
街のすぐ傍にある洞窟には悪魔が封じられている。
今から何百年も昔、まだ人間と魔物たちとの戦いがあった時代に、この辺りの地に恐ろしい悪魔が現れて人々を苦しめたらしい。
だが幸いなことに、悪魔はルミナという名の女神によって封印されることとなった。悪魔を封じた女神は眠りにつき、それから長い時が過ぎた。
そして今からひと月ほど前に封印がとけてしまい、人々は再び危機に見舞われた。
けれどこの街には悪魔が復活したときの為に、女神を呼び出す方法が言い伝えられている。
器となる肉体に女神の魂を憑依させて、悪魔を鎮めてもらうのだ。
そこで、魂の受け皿としてリリカという十八歳の少女が選ばれた。
「ルミナさま、どうか」
リリカは必死に祈り続けている。
と、彼女はいきなり胸をおさえて苦しみ出した。
「うっ!」
リリカは激しく痙攣し、うめき声を上げてその場に倒れてしまう。
「姉さん!」
巫女たちはざわめき、リリアは祭壇に駆け寄ろうとするが、それよりも早くリリカが物凄い勢いで上体を起き上がらせた。
彼女は座り込んだまま硬直し、ひどく驚愕した表情で人々を眺めていた。
「リリカ、大丈夫かね」
初老の司祭がリリカに近付き、手を差し出そうとする。けれど彼女はいきなり立ち上がると司祭を突き飛ばしてしまった。
混乱しているのか、リリカは激しい悲鳴を上げてどこかへ走っていってしまう。
「ま、待って、姉さん!」
脱兎のごとく逃げていく姉の背中をリリアは慌てて追いかけた。
リリカは外へ飛び出してしまい、どんどんと距離を引き離されていく。それでもリリアは姉が神殿の裏手に走っていく姿を見逃さなかった。
ほどなくしてリリアは神殿の裏にある倉庫で姉の姿を見つけた。
リリカは物陰に隠れるようにして座り込んでおり、明らかに警戒しているのが見て取れた。
「姉さん」
びくりと肩を震わせて、彼女はこちらを振り向いた。
いつもと違う様子の姉にある可能性を思いつき、リリアは緊張しながらも問いかける。
「女神ルミナさま、ですね」
相手が息を呑むのがわかった。
彼女はまだ困惑している様子だったが、この名前に反応を見せたことでリリアは確信した。
姉はやったのだ。無事に儀式を成功させた。
喜びで胸がいっぱいになる。
「よくぞ姿を現してくれました。どうか私たちをお救い下さい」
「は、救う?」
「あなたのお力を貸していただきたいのです。女神さま、どうか」
「それ俺のこと?」
「え」
予想外の返事にリリアは呆然とした。目の前の少女は顔をしかめて服の裾をいじっている。
「てか、なにこの白いひらひらな服。え、なにこれ、髪が長い。てか、え」
彼女は二つの胸のふくらみに手をやり、途端に「うぎゃっ」とみっともない悲鳴を上げた。
「あのぉ、女神さま?」
問いかけるが、相手はそれどころではないらしく頭をかきむしっている。
「なんだこれ、俺は生きてるのか? なんで? てかお前誰?」
尋ねられ、リリアはハッと居住まいを正した。
「わ、私はあなたにお仕えする、巫女のリリアと申します」
だが、相手は今一つピンと来ていない様子だ。
「あー、巫女? 仕える? 慕われるようなことをした記憶はないが」
胡乱気な顔をされてしまい、リリアも困り果ててしまう。
儀式は成功したはずだ。今姉の体には女神の魂が憑依しているはず。
けれど相手は想像していたのとずいぶん違う性格のようだ。
「あ、あの、まさか女神さまがそんな口調でお話をされる方だとは。しかもご自身を俺と呼んだりとか」
「え、別に不思議なことじゃないよ。だって俺、男だし」
今度こそリリアは凍り付いてしまう。
「そんな馬鹿なことが」
「それこっちの台詞。なんで俺が女ってことになってんの?」
「それは、一般的に女神とは女性の神様のことを示しますし」
「おい冗談だろ? なんで俺が崇められてんのさ?」
「だって、だってあなたは、みんなを救ったとされている」
そこでざわめきが近付いてくる気配を感じた。どうやら神殿のみんなが自分たちを捜しているらしい。
「おい、とりあえず場所変えよう。もっと人が来ない場所に連れて行ってくれ」
混乱の中、リリアは言われるがまま彼女、否、彼を別の場所へと案内した。
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