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寂しいな
私と運転手以外誰もいないバスの中から、校庭の完全な葉になった桜の木を見ながらそう思った。
今日も学校に来なくなった「あいつ」の家に行く。
蒸し暑くてマスクを外したくなるのを我慢していると「今バス乗ったからあと少しだよ」のメッセージに既読がつく。
やがてバスは学校から少しずつ離れていき、ハナミズキ通りにさしかかる。
「お邪魔します」 私はきっちり縛った傘を立てかけながら「あいつ」の母に挨拶をした。
「いらっしゃい!いつもありがとうね。
あの子はいつものところにいるからね。」
そう言うと
「あいつ」の母はキッチンに向かっていく。
私は慣れた手つきで手を洗い消毒し、お菓子と
お茶をおぼんに乗せた。慎重に歩いていくと
カーテンを閉め切った部屋に「あいつ」はいた。
「よう、久しぶり」と私は言う。
「あいつ」は画面とにらめっこしながら笑った。
「おまえの久しぶりの感覚どうなってんの」
「あいつ」はようやく答えた。
ノートパソコンの画面に「完全敗北」という字が表示されている。
「あいつ」は画面をそっと伏せた。
しとしと雨が降っている。
外の天気がわかるぐらい私たちは黙っている。
私は何か話さなければと焦ってしまった。
「あ、あの参考書凄いね…付箋だらけだ」
そう言いながら机の上にある参考書を遠目から
見る。「あいつ」は「解いてみたら?」と言い
あの参考書を持ってきてくれた。
私はそれを手に取るなり驚いた。
「あいつ」と私は同い年なのに「あいつ」は
私より一つ上の学年の勉強をしていた。
そういえば「あいつ」は成績優秀だったな。
-では何故学校に来ないのか-
ふと思いだしたことは疑問に変わった。
「なあ。もしかして、虐められてたのか?」
初めて学校に来ない理由を聞いた。
そう言われた「あいつ」は「え?いじめ?」
と言いながら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
どうやら私の勘違いだったようだ。
では何故?-
そう言うと「あいつ」は
ヘラヘラしながら答える。
「なんとなく、行きたくないから。」
遠雷が聞こえる。
私の心に血が集結していく。声が震える。
「なんとなく、って何だよ。」
「あいつ」は私の気持ちを知ってか知らずか
またヘラヘラ答える。
「春の休校期間中にさ気づいちゃったんだ。学校に行く意味が無いなって。宿題とか授業とかリモートで配信されるし、書店に行けばいろんな参考書あって自分が興味ある勉強できるだろ?。」
「何その自分だけそう思ってますみたいな
言い方。」
ちょっとした沈黙を破って言ってやった。
もう止まらない。
「みんな同じだよ、みんなそう思ってるよ、私だって学校に行く意味が無いと思ってた、
でも、行く意味なんて、
行ってみないとわからないでしょ!
意味を見つけに行こうよ!」
泣きながら叫んだ。
もう涙で「あいつ」の顔は見えなかった。
私は泣き叫んだことが恥ずかしかったから
早足で「あいつ」の家を出た。
ハナミズキ通りを通る途中で冷静になり、
傘を「あいつ」の家に忘れたことに気づいた。
でも取りに行かないことにした。
「あいつ」は頭がいいからわかるはず。
そう思って一番星だけが輝く空の下を歩く。
ハナミズキ通りに小さく立派な花は無く、
代わりにたくさんの葉をまとっている。
今日の天気予報は晴れ。
でも俺は傘を持って行く。
「行ってきます。」
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