イヤリング

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 遡ること三十分。 「どうかな? 変じゃない?」  待ち合わせ時間まであと五分。とっくに着いていた巳奈の前に駆け寄ってきた紗希(さき)が、ちょっと首を傾げ巳奈の表情を窺うように見上げて訊ねた。新作のワンピースに普段は「歩きにくいから」と言って履かないヒール付きのパンプス、鎖骨辺りまである栗色の髪はゆるめに巻いてある。髪の間からのぞく小さな耳には、撫子の花のような薄いピンク色の石を使ったイヤリングがつけられていた。 「うん、可愛い」 「ほんと?」  途端にほっとした顔になる紗希を見て、巳奈は胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。  そのワンピース、初めて見た。紗希らしくていいね。  いつものストレートも可愛いけど、巻いてるとイメージ変わって優しい雰囲気になるんだね。似合ってる。  伝えたいことは沢山あったが、紗希がお洒落をしてきた理由を考えると何故か喉がからからに乾いてしまって、言葉にすることができなかった。  ……私があげたイヤリング、気に入ってもらえて良かった。でも、今日だけは……つけないでほしかったな。  どうしてそう思うのか、巳奈自身にもよく分からなかった。ただ今日紗希がつけていることに、どうしてか無性に苛立ち、胸がざわめくのを感じていた。 「巳奈ちゃん? どーしたの?」  紗希の声にはっとして、いつの間にかぼんやりしていた焦点をその顔に合わせる。何も言わずに自分を見ている巳奈を不思議に思ったのか、紗希は大きなまるい目で巳奈の方をじっと見つめていた。慌ててなにか言葉を探す。 「じゃ、行こうか! 電車そろそろ来ちゃう」 「そだね!」  まだ電車の時間には多少余裕があったけれど、苦し紛れの誤魔化しだと気づかなかった様子の紗希に、巳奈は内心胸をなでおろした。  寂れた改札を通り、ホームにつながる階段を下りる。案の定電車はまだ来ていなかった。ホームには休日の昼だというのに誰もいない。二人はベンチに腰をおろした。 「楽しみだなー! どんな人がくるんだろ」  にこにこと笑いながらお喋りを始める紗希の言葉を聞いて、巳奈は一瞬顔を歪めそうになった。しかしなんとか抑えて、できるだけいつも通りの自分であることを意識しつつ声を出す。 「紗希も知らないの? すっごい楽しみにしてたから、知ってるんだと思ってた」 「んー、よくは分かんない。あやちゃんの知ってる人ってことしか」 「よくはっていうか、ほとんど知らないじゃん」  巳奈がつっこむと、紗希は「そーなんだよねぇ」と笑い、空を見上げた。先ほどまでの笑顔がふっと消え去る。茶色がかった大きな瞳をゆっくりと閉じ、ややあってまた目をあけた。 「……わたし、誰かと付き合えるのかなあ」  紗希の口から零れた言葉を聞いて、巳奈はベンチにまっすぐ腰かけていた身体を少し紗希の方へと向けた。紗希は口をぐっと噛みしめている。その緊張をなんとかしてやりたいと思ったけれど、「紗希なら良い彼氏見つかるよ」などとはどうしても言うことが出来なかった。ホームに沈黙がおりる。十秒くらいもそうしていた後、駅のアナウンスが電車の到着を告げた。 「あ、来たね!」  立ち上がり、ベンチを振り返った紗希の顔には先ほどまでの沈黙が嘘であったかのように、いつもどおりの明るさを取り戻していた。 「じゃ、いこっか」 「……うん」  ただ、声を絞り出すので精いっぱいで。自分は今笑顔を作れているだろうか。己奈にはそれすら分からなかった。  がたん、がたん。電車は止まらない。
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