イヤリング

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 一週間ほど前のある日。ホームルーム後にクラスメイトと軽い雑談を交わしてから、己奈は廊下の反対側にあるクラスへ向かった。今日は部活が休みだから一緒に帰ろうと登校中に言ったら、ひどく嬉しそうな顔で頷いた紗希の顔を思い出しながら。そういえば最近は部活と委員会で忙しく、放課後紗希に会うのは久しぶりだった。  廊下に出てすぐのドアから中を覗くと、殆ど人がいないがらんとした教室の中、何故か机を前にして立ち尽くしている紗希の後ろ姿が見えた。 「紗希?」  近寄りながら声をかけると、ばっと勢いよく振り返った。手に持ったスマホを慌てて胸の 辺りに引き寄せ、両手で包みこむようにしている。 「えっあっ己奈ちゃん!?」 「なに? どうかしたの?」  不審に思った己奈が訊ねると、紗希は己奈からちょっと視線をそらした。口を少しだけ開いたかと思うと閉じ、また開く。しかしその口が声を発することはなかった。 「何、大丈夫? またなんか変なこと言われたの?」  紗希はややおっとりした性質であるが故に大抵の人から好かれたが、偶にやっかみをうけることがあった。ついこの間、部活の先輩からの嫌がらせがやっと収まったばかりなのに、また何かあったのかと問う己奈の声に、心配をかけていると察したらしい紗希がすぐに首を横に振った。 「ううん、そういうんじゃないの! だいじょぶ」 「……そっか。じゃあ、なんで慌ててたの?」 「えっと、その……あやちゃんにね」  クラスメイトの名前を聞いて、己奈の眉間に皺が寄る。綾は意地の悪いところは全くなかったが、誰々と付き合い始めただの振られただの、そんな話を相手を選ばず長々とぶちまけてくるという、少々困った癖を持っていた。はあ、とため息を吐く。 「また誰かに振られでもしたって?」  紗希が首を横に振り、そろそろと目を合わせながら再度口を開いた。 「合コンに誘われたの」  予想外の言葉に、思わず紗希の顔を凝視した。視線の先にある紗希の瞳には、狼狽える己奈のそれとは反対に、ある種の決意めいたものが宿ったように見えた。 「……それで?」 「行くって返事したとこ」  言葉を失う。呼吸すらも止まったかのように、己奈はただただ、ゆっくりと話し続ける紗希を見つめていた。 「最初は断ろうと思ったんだけどね。あやちゃんがどーしても人数が足りないんだって言うから。それにもう高校生だしさ、いい機会かなーって」 「誰とも付き合ったことないのもどうなんだろう、みたいな」 「……いつ?」 「え? 今度の日曜だけど……」 「私も行っていい?」  つい数十秒前の硬直が嘘のように、言葉が口をついて出てきた。紗希は一瞬ぽかんとした顔になった後、微笑んだ。 「大丈夫だと思うよ。あやちゃん、あと二人探してるって言ってたから。……でも己奈ちゃん彼氏欲しかったんだ? ぜんぜん知らなかった」  机の横にかけたままになっていた鞄を持ち上げ、帰る準備を始めながらからかうような口調で続ける。 「そっかあ。……おたがい、彼氏できるといいねぇ」
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