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横断歩道を渡る頃には中の様子が見えてきた公園は住宅地にあるにしては大きめで、遊具はブランコやすべり台、砂場くらいしかなかったが、子どもがキャッチボールをしたりサッカーボールでゲームをしたりする分には十分すぎるくらいの空間があった。今にも雨が降り出しそうな空模様のせいか、休日の昼間だというのに誰もいない。
「あそこ、座ろ」
紗希が指し示した砂場の奥、枝を左右に堂々と広げた桜の樹の隣には細長い木製のベンチがあった。互いの方を向くように、少し斜めに腰かける。
「……ねえ、己奈ちゃん」
己奈が何も言わないのを見て、紗希が口を開いた。
「なんで、電車降りたの」
それだけ言って、目を伏せた。口元はきゅっと閉じられる。何かを待っているかのようだった。己奈は繋いだままになっていた紗希の手がほんの少しこわばるのを感じた。
「……行っちゃだめだと思ったから」
やっと、己奈の口から声が出た。一言ぽつりと呟くと、今度は舌が止まらなくなった。紗希に言いたい、伝えたい。――自分も同じ気持ちだと、言ってほしい。
「紗希に合コンなんて行ってほしくない。行っちゃだめだよ。紗希が彼氏作るとか、絶対嫌」
「お願い、誰かと付き合ってみたいなら、私にしてよ。私以外の誰かを好きになんてならないで。……私のこと、好きだって言って」
うつむいたまま、紗希が震える声で囁く。
「……みなちゃん、合コンいきたかったんじゃないの?」
「あれは、その……紗希が行くって言うから、ついてくって言っただけ。あの時はまだよく分かってなかったし……ねえ、私、紗希が好きだよ。私の一番は紗希だよ。紗希の一番は、私じゃないの……?」
ぽた、と一滴の雫が、重ねられた二人の手の上に落ちた。
「……なんで泣くの」
涙の意味が知りたくて、己奈が訊くと。紗希は涙を湛えた瞳で己奈を見つめた。
「ごめ……だって、ほんとに……うれしくて」
「みなちゃんに、とめてほしかったの……。『行かないで』って、いってほしくて……みなちゃんがとめてくれなかったら、ぜんぶあきらめようとおもってたの」
「紗希……」
己奈が静かに手をのばすと、頬に指が触れる直前、紗希の目が閉じられた。はらはらと涙を流す紗希の頬をそっと撫でる。紗希は己奈の指の感触に浸っているようだった。
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