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俺は走り屋。
地元、いや日本最速と言ってもいい。
これまで数えきれないほどの勝負を挑まれ、その全てに勝ってきた。
全戦全勝。完全無敗。ただの一度も負けはない。
最近ではようやく名が知れ渡り、俺に勝負を挑む奴も少なくなってきた。
この辺りの連中はみな、俺の名前を聞いただけで怖気づいてしまう。
まったく臆病者めが。走らない走り屋なんてただのごっこだというのに。
しかし、まぁあくまで少なくなっただけだ。
喜ばしいことに、どこにでも跳ね返りと新参者はいる。
帰りがけ。適当に馴らしていると、この俺の噂を聞きつけた隣町の奴が勝負を挑んできた。「拍子抜けさせないでくれよ」とかなんとか上から目線で。こういう手合いに限って大したことはないのだけれど、退屈しのぎになるし、何より最速の誇りを守るためにも受けない訳にいかない。
天気は晴れ。時刻は夕方。道路脇に人垣を作る観衆の声を背に、スタートラインに赤い愛車をピタリとつける。余裕を醸し出しながら数秒遅れで相手は白い車を俺の横に並ばせた。汚れのないとても綺麗な車だった。買ったばかりか、整備が行き届いているのか。ふん、車の性能が勝敗を別つモノでないことを教えてくれる。
「位置についてー」
二台の間に立った馴染みが声を上げる。ハンドルを握り直して正面を見据える。コースは単調なストレート。奥の赤いコーンで折り返し、先にスタートラインに戻ってきた方が勝ち。
「よーい」
静かに目を閉じ、耳と足に全神経を集中させる。大空を泳ぐ鳥のさえずりが耳に届いた瞬間――
「ドン!」
瞳をカッと開いて足を踏み込みスピード全開。瞬く間に後ろに流れる風景。加速する車と熱くなる身体。スタートダッシュは上々だったが、僅かに相手に先を取られた。この俺の集中力を上回るとはなかなか楽しませてくれる。
持ち前の気合いで速度を上げ、なんとか相手と並ぶ。がさらに相手は加速した。負けじと俺も加速する。スピードがスピードを呼ぶ激しいデッドヒート。一瞬の気の緩みも許さない圧力。折り返しのコーンまであと少し。あまりの速度に相手はブレーキをかける。が、俺はしない。しないでコーン外側の最短距離をドリフトで駆け抜ける。
その一瞬の差は決定的だったと言える。
曲がった俺に続く白い車。慌ててスピードを戻すが、時すでに遅し。抜かされまいと俺は相手の車の前に出た。追い越そうと右へ左へ旋回する白い車。それを素早くつぶす俺。目前へと近づく再びのスタートライン。
もう数秒で俺の勝ちが決定する瞬間、一人の女性がコースの中央に飛び出してきた。
ハッと思った時にはすでに、車が女性の足に当たってしまっていた。
「こら、たかしちゃん、危ないじゃない。もうお夕飯にするから三輪車片づけてらっしゃい」
「はーい、ママ。……みんな、続きは今度ね。じゃぁねー」
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