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 過去に、来た。悠久利と一緒に、本当にタイムリープできた。  五年後の公園で、私は悠久利とはしゃいだ。悠久利は証拠がほしい、まだ未来に来れたとは言い切れない、なんて口では言っているけど、その表情はワクワクを隠しきれていない。  でも、悠久利の言う通り、何か未来に来た証拠がほしいのは私も同じだった。だから、悠久利の提案で、自分の家のカレンダーを確認しようということになった。  後でまた公園で待ち合わせしようと悠久利と約束してから、私は走って五年後の自分の家に向かった。 「私、どんな人になってるんだろう」  五年という時間がどれくらい人を変えるのか、私には想像がつかない。五年前の私を想像してみて今の自分と比べてみたけど、確かに見た目も心も少し成長しているように思える。でも、具体的にどこがどう成長したのかは分からない。  家までの道中で逸る気持ちを誤魔化すためにそんなことを考えていたけど、気持ちはやがて私の身体にも影響を及ぼした。興奮のし過ぎで呼吸が荒くなった。  少しペースを落としてなんとか家に着いた。  私はドキドキしながらドアを開けて玄関に上がった。お母さんの靴が玄関にあって、お母さんの匂いが広がっている。リビングから生活音が聞こえてくる。今の自分が住む時代の家とあまり変わっていないように感じた。でも少しだけ、自分の家にしては何か違和感を覚えた。  私は未来のお母さんに見つからないように息を殺しながら靴を脱いだ。二階に上がって自分の部屋に行った。 「全然変わってない」  私の部屋は、本当にタイムリープしたのか分からないほど今の自分の部屋と違いがないように見えた。けれど、壁にかけてあるカレンダーを見ると、西暦がちゃんと五年後に変わっていた。 「わ、ほ、本当に未来に来ちゃった!」  思わず声を上げた口を手で押さえて部屋のドアを見た。お母さんが来たらまずいと思ったから。けれど、今のでお母さんにバレることはなかったみたいだった。  もう一度カレンダーを見ると、年数は五年が経過しているけど、日付に違和感を抱いた。 「二月のページでとまってる・・・・・・今は八月のはずなのに」  首を傾げたけど、悠久利との約束を思い出して急いで部屋を出た。  一階に音を立てずに下りた。玄関に忍び足で向かう途中で、二階に向かうときには視界に入らなかった居間をなんとなく見た。 「え、仏壇?」  遺影らしきものが真ん中に置かれてお線香が据えられているのを見つけた。そういえば、さっきから何か違和感を感じていたけど、それはこの匂いだったのかもしれない。  私は居間に入り、その仏壇の前に座った。そして、その遺影をよく見た。 「え、これって・・・・・・」  仏壇に飾られていたのは、私の、きっと高校生くらいの私の写真だった。 「どういう、こと?」  頭が真っ白になって、何かを考えることを許してくれない。全身が震えだして、寒気がした。得体のしれない恐怖が体内で充満するのを感じて私は小さく悲鳴を上げた。 「ひゃあっ」  思わず後退ると、リビングの方から「誰かそこにいるの?」というお母さんの声が聞こえてきた。慌てて居間の押し入れに隠れた。  すぐにお母さんが居間にやってくる気配がした。お母さんは「はぁ・・・・・・」と深い溜息を吐いてから、仏壇に供えられたお鈴を鳴らした。 「桃花、私、とても寂しいわ。早くあなたに会いたい。けれど、それはダメよね。桃花はそんなこと、望む子じゃなかったわよね。ごめんね、こんな母親で」  お母さんは嗚咽しながら泣いているようだった。お母さんの声が真っ暗な押し入れの中で響いてきて、直接は見えないはずのお母さんの顔がありありと思い浮かんだ。 「もう一度だけでいいから、会いたい。会いたいの、桃花」  お母さんは泣きじゃくってから居間を離れた。  私はどうしていいのか分からずに、ただただ押し入れの中で声を潜めながら泣きじゃくった。 「私、五年後には死んじゃってるんだ」  未来に来て知ってしまった事実に混乱した私は、ただただ恐怖の感情に囚われて押し入れの中で一人泣き続けた。  どれくらい泣いたのだろう。  気が付くと、押し入れの隙間から差し込んできていた僅かな光さえ消えていて、私は随分長い時間ここでうずくまっていたようだった。 「あ、悠久利・・・・・・」  悠久利と公園で待ち合わせる約束をしていたことを思い出して、私はお母さんがもう居間にはいないことを確認してから家を出た。考えてみれば靴はお母さんに見つからないように隠しておくべきだったけど、気づかれた形跡はなかった。  ゆっくりとドアを押して閉じると、私は全速力で公園に向かった。  空はすっかりと暗くなっていて、人もあまりいない。  私の遺影が飾られていた仏壇を思い出して、私はまた泣いた。不安で、心細くて、一刻も早く悠久利に会いたかった。 「悠久利」  私は悠久利の顔を思い浮かべながら涙を流して、息を切らして、まるで世界の終わりを彷徨っているような気分で公園を目指した。  公園に着いて辺りを見回しても、悠久利はいなかった。 「帰っちゃったのかな」  私はべそをかきながら公園の中を行ったり来たりした。 「あ、でも、悠久利もまだこの時代に」  もしかしたら私を探してくれているのかもしれない。  そう思った私は、悠久利の家を目指した。そこにいる確証はないけど、そこしか思いつく場所がなかった。  早く悠久利に会いたい。  私はもう身体中の水分が涙に変わっているはずなのに、まだ涙が止まらなかった。きっと、今日ほど泣く日は、五年先までの人生でもないだろうと思う。  悠久利の家の前まで来ると、家の電気がついてるのが目に入った。きっとおばさんはいるけど、悠久利がいるかどうかは分からない。でも、そうだとしても、もうここしか行く宛がなかった。  インターホンを鳴らすと、悠久利とおばさんが出て来た。二人とも驚いた顔をしている。 「桃花ちゃん・・・・・・」  悠久利は不安げな、けれど安心したような表情を浮かべた。  私は悠久利の顔を見て、安心した。そして、悠久利に抱きついて涙だけじゃなくて声も流した。ずっと独りぼっちで不安で、声すらも震えてまともに出せなかった。けれど、悠久利の温もりに受け入れられたような気がして、自然と声が出た。私はしばらく動けずに、悠久利の胸の中で泣き続けた。  私は、泣きじゃくったことで放心状態になっていた。でも、私の遺影が頭から離れずに、どうしようもない不安も付きまとっていた。感情がぐちゃぐちゃになっていた。  悠久利とおばさんはずっと私に気をつかってくれて、話すタイミングを私に委ねてくれた。おばさんは私がこうなってしまった原因を察してくれたようで、私を優しく抱きしめてくれた。二人のおかげでかなり落ち着いた。
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