十一

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十一

 おばさんは私に、お母さんと会いたいか訊いてきた。ちょっと怖かったけど、それでお母さんが元気になるのなら、と私は頷いた。私が過去から来た桃花だとお母さんが信じてくれるのかどうかは、不思議と心配にはならなかった。なんとなく、信じてくれるという確証があったから。  おばさんの後押しもあって、私は悠久利の家を去った。そのとき、おばさんは私に悠久利をボディーガードとしてつけてくれた。  私の家に向かう間、悠久利は明るく振舞ってくれた。柄にもないことをしてくれて、少し泣きそうになった。隣に、当たり前のようにいてくれている悠久利を見ていると、私はどうしても訊きたくなった。 「もし、私と会えなくなったら、悠久利はどうする?」  私が真剣に訊くと、悠久利は一瞬考えこむような仕草をしたけど、すぐにやめた。 「それは、嫌だな」  悠久利がとても悲しそうな顔をしたから、私は申し訳なく思った。でも、同時に嬉しかった。私と一緒にいたいと思ってくれていることが。  私も悠久利とずっと一緒がいい。でも、ごめんね。ずっとは無理みたい。あと五年だけだけど、一緒にいようね。  私は内心でそう悠久利に呟いた。 「・・・・・・そっか」  私は誤魔化すように顔を背けた。 「どうしてそんなこと訊くの?」  心配そうに私を見る悠久利に、心が痛んだ。 「ちょっとね」  その場をしのぐための苦しい笑顔でしか、私は悠久利に答えることができなかった。  さっき来た自分の家の前まで来て、私はインターホンを鳴らした。自分の家のインターホンを鳴らすのは、なんだか変な気持ちになる。  インターホン越しに聞こえてきたお母さんの声は、疲れているときの声だった。私がお母さんに呼びかけると、お母さんが家から出て来た。お母さんは私と悠久利を見て戸惑っているようだったけど、すぐに駆け寄ってきて私の頬を撫でた。その手を取ると、お母さんは私を強く抱きしめてきた。お母さんが泣いているのにつられて私も泣いた。お母さんと一緒にいられるのはあと五年で、お母さんは私がいなくなった世界で何十年も生き続けなければならない。きっと、お母さんはすごく寂しい気持ちで過ごしているんだろうな、と思った。とても申し訳なく思った。  しばらく二人で泣きじゃくった。悠久利はどうしたらいいのかと困惑していた。お母さんが悠久利に謝ると、悠久利はお母さんに頭を下げて帰ろうとした。  私は悠久利を追いかけて、キスをした。顔が熱くなって少し、いやかなり恥ずかしかった。悠久利はぽかんとした顔で頬をさすっている。  私は今日の思い出を、自分の中に閉じ込めるつもりだ。誰にも話さない。お母さんにも、悠久利にも。  悠久利の家からこの家に来るまでの間に、私はそう決意した。世界に対して今日の思い出をなかったことにするのなら、悠久利にキスしても許されるよね。だって、誰にも話さないんだから。悠久利にキスのことを訊かれても知らんぷりする。だから、この瞬間だけ、正直でいさせてほしかった。  私は悠久利にキスしたあと、帰っていく悠久利を見送った。  お母さんと家に入って、また抱きしめ合った。 「あぁ、なんてこと。桃花が、私の前に」  お母さんはまじまじと私を見た。やっぱりまだ信じ切れていないらしい。 「あのね、私、五年前から来たの」 「五年前・・・・・・確かに、五年前くらいの姿だわ」  お母さんは私の全身を見回して、また目に涙をためた。 「ごめんなさいね、また泣いちゃう」 「いいよ。泣いてもいいよ」 「っ・・・・・・ありが、とう」  お母さんは優しく私を抱きしめた。私はかなり正気になっていたから、お母さんをあやすように背中をさすってあげた。  しばらくそうしていると、私のお腹がくぅーっと鳴いた。そういえば、過去に来てから何も食べてなかった。私のお腹の音に気が付いたお母さんは、微笑んでから言った。 「ご飯食べる?」 「うん!」  お母さんはエプロンをつけて台所に立った。お母さんの側にいって、私はお母さんがお魚を捌いているのを見つめた。 「・・・・・・そういえば、桃花はよく私がご飯作ってるとき、側で見てたわね。懐かしいわ」  お母さんは嬉しそうにそう言った。 「私も何か手伝いたい!」 「そうね、じゃあ、お味噌汁温めて混ぜてくれる?」 「分かった!」  私が鍋ののったコンロに火を灯した。おたまで味噌汁をかき混ぜながら、私は味見した。 「・・・・・・あれ、ちょっと薄いかな?」 「そうかもね。あなたがいなくなってから、濃くする必要がなくなったから」 「・・・・・・お母さん」 「少し味噌を足してもいいわよ」 「うん」  少し寂しそうなお母さんの横顔が気になって、私は味噌汁に味噌を少し加えた。そして、味見すると、いつも飲んでいる味噌汁の味がした。  ご飯を食べてから、お母さんとたくさん話をした。私にとっては最近のことでも、お母さんにとっては懐かしいことだから、私が話す些細なことでも嬉しそうに聞いてくれた。  話している最中に、お母さんが何かを思い出したように「あ!」と叫んだ。 「お風呂、まだ入ってない?」 「え? うん」 「一緒に入らない? お母さんもまだなの」 「うん! 入る!」  お風呂の中で、私はお母さんと洗い合いっこをした。私は毎日お母さんとしているけど、お母さんは久しぶりだったみたいで嬉しそうだった。どうしてか分からないけど、私が中学生になってから一緒にお風呂に入ることはなくなるらしい。どうしてなくなっちゃうんだろう、楽しいのに。  お母さんは私の背中を流している間、「こんなにも小さかったのね」と言って驚いていた。そして、声を抑えて泣いていた。どうしてそれで泣いちゃうのか分からなかったけど、その泣き声は悲しいのじゃなかったように聞こえた。  髪の毛を乾かして歯磨きをしてから二人で同じ布団に潜った。なんだかワクワクした。  布団の中では恋バナをした。お母さんはお父さんのどこを好きになったのか、とか、中学生のときに憧れの先輩がいたとか。私は悠久利が好きで、こんなところが好きだとか話してた。 「悠久利くんの一番好きなところはどこ?」 「え、うーん・・・・・・一度決めたら、それを必ずするところ、かな」 「へぇ、結構深いじゃない」 「悠久利、約束を破ったことないの。悠久利はそのことに気が付いてないと思うんだけど、それってすごいことだと思う」 「そっか。二人ともお似合いね」 「えへへ」  すごく楽しい時間が過ごせた。だけど、もうすぐお別れの時間が来る。私は過去に戻ったらお母さんと過ごせるけど、今目の前にいるお母さんは、私がいなくなっちゃったら、また寂しい想いをするんじゃないだろうか。 「ねえ、お母さん。私とずっと一緒に暮らす?」 「・・・・・・そうすることができたらどんなに幸せかしらね。でも、桃花。あなたには過ごすべき時間がある。それは、今の私と過ごす時間じゃない。お友達や、先生や、悠久利くんや、過去の私と一緒に過ごすことで得ることができる。だから、私に気をつかわなくていいのよ」 「でも・・・・・・」 「ああ、もう。桃花は本当に優しい子ね。お母さん、嬉しいわ」  そう言ってお母さんは布団の中で私を抱きしめた。 「ありがとう、桃花」  お母さんは少し泣きそうになっている。 「あのね、お母さん。私、もうすぐ過去に戻らなくっちゃいけないの」 「うん」 「その前にね、お母さんに訊いておきたいことがあるの」 「うん」 「辛いことを思い出させちゃうかもしれないの」 「いいのよ」 「・・・・・・私が死んじゃうとき、お母さんと悠久利は、側にいてくれた?」  私の言葉を聞いたお母さんは、さらに私を強く抱きしめた。 「えぇ。私も悠久利くんも、ずっと桃花の側にいたわ」 「そっか。よかったぁ」  お母さんの言葉を聞いて、私はとても安心した。 「お母さん、大好きだよ」 「・・・・・・私もよ」 「生まれ変わっても、お母さんの子どもになりたいな」 「・・・・・・うんっ」  お母さんは私の言葉に泣いてしまった。けど、大丈夫。私が死んじゃっても、お母さんが寂しくないようにずっと見守るから。だから、泣かないで。  唐突に、お母さんと一緒にクッキーを作ってあげればよかったな、と思った。けど、もうそんな時間はない。少しだけ心残りに思った。  私はお母さんを抱きしめたまま、その温もりを感じながら眠りについた。
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