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十五
ガラガラ、と病室のドアを開けると、お医者さんと看護婦さん、そしておばさんが驚いたようにこちらを振り返った。
そして、その奥で薄く目を開けてベッドに横たわる桃花がそこにいた。
「・・・・・・桃花、会いに来たよ」
僕が言うと、桃花はゆっくりとこちらに顔を向けてほんの少しだけ、口角を上げて笑った。
僕はその笑顔を見て、桃花はもう本当にいなくなるのだと悟った。
「おばさん、桃花に話しかけてもいいですか?」
僕が訊くと、おばさんは微笑みながらゆっくりと頷いた。そして、小さく「ありがとう」と言った。
僕は桃花に近づいた。辛うじて開いている目は、しっかりと僕を捉えていた。弱々しくも、しっかりと僕を見ていた。もうこちらに言葉を返す気力もないだろう。だから、一方通行な会話になってしまうことを許してほしい。
「桃花、僕・・・・・・」
僕は、周りに人がいるのにも構わず言った。
「桃花のこと、好きなんだ、知ってるとは思うけど。初恋なんだ。結構一途だからさ、きっと五年経ってもまだ桃花のこと、好きなままなんだろうなって思う」
僕は、五年越しに桃花に自分の気持ちを伝えることができた。嬉しくて、桃花との約束を果たすことができて、桃花がいなくなることが悲しくて寂しくて、僕は涙を流した。
「今だから本音を言うけど、僕は結構君に振り回されてきたよ。その自覚はあるんじゃないかな? まさか君がいなくなって五年経ってからもこうやって振り回されるとは思ってもみなかったけど」
僕は、もうすぐいなくなってしまう人間にかけてもいい言葉なのかどうか分からなかったけど、今沸き上がってくる言葉をそのまま連ね続けた。
「でもさ、嫌じゃなかったんだよね。うん、全然嫌じゃなかった。むしろもっと振り回してほしいくらい。僕は君のそういうところに憧れてたし、惹かれてた」
桃花は、僕の言葉に、顔をこちらに向けながら涙を流した。
「ねぇ、もう少し、もう少しだけでもいいから、また振り回してよ」
僕は最後の悪足掻きみたいに、子どもみたいな無茶を口にした。桃花を困らせてしまうことを分かっていながら、僕はくしゃくしゃになった顔を涙で濡らしながら、今にも消えそうな桃花を見つめた。
「嵐みたいな君の近くにいたら、僕は元気をもらうことができた。君だけが、僕のいいところに気が付いてくれた。僕でさえ気が付けていなかったことに」
僕は白くて造り物みたいな桃花の手を握った。桃花の手の甲に、僕の涙が零れ落ちた。
「僕は君みたいに、その人のいいところを言葉にするのは苦手だけど、君の、桃花のいいところを言葉にするのは、難しいけど、一つだけ、言えることがある。高校生のときには絶対に言えなかったことが、ある」
僕はほんの少しだけ、さきほどまでよりも強く、桃花の手を握った。
「僕は桃花のことを、愛してる」
自然と笑みが零れた。桃花は僕の告白を聞いて微笑み、ゆっくりと視線を天井に向けて、目を閉じた。目尻から涙が一滴、零れ落ちた。
その瞬間、心電図の波が直線になって無機質な音が鳴り響いた。数字は零を示している。
腕時計を見ると、午前八時十五分を指していた。
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