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エピローグ
今年の四月から社会人になる僕は、桃花の命日にお墓を訪れた。
お墓には一ヶ瀬桃花という名前が刻まれていて、僕はその名前に深い歴史を偲んだ。
桃花との約束を果たすことができて僕の後悔を払拭することができたことに、そんな時間と神様がくれた奇跡に感謝した。
「じゃあ、桃花。僕、頑張るよ」
桃花に意志表示をしてから、僕はお墓を後にした。
それから桃花の家に訪れた僕を、おばさんは快く迎え入れてくれた。
昔よく桃花と走り回った居間には、でかでかと桃花らしく桃花の遺影が飾られた仏壇が鎮座している。
僕はお鈴を鳴らして手を合わせた。それから僕は、あれからずっと持っていたオルゴールを仏壇に飾った。
一度オルゴールを鳴らしてみたけど、オルゴールはあの独特なメロディを奏でるだけで、タイムリープすることはなかった。オルゴールはすっかり、本来あるべきものに戻っていた。
一年前、桃花が僕に会いにこの時代に来たとき、おばさんにも会ったと言っていた。そのとき、おばさんは桃花から手紙を預かっていたらしく、僕が桃花の最期を見届けてからこの時代に戻って来たときに、おばさんはその手紙を渡してくれた。
実は、僕はまだその手紙を読めていない。適当に選んだ企業の内定を全て取り消して、自分が少しでも望むところに応募したから、非常に忙しかったのだ。もちろん、手紙を読む暇が一切なかったと言えば嘘になるけど、ちゃんと心にゆとりを持ってからこの手紙を読みたかった。だから、こうやって桃花にオルゴールを返しに来るのも随分と遅くなってしまった。
「君の前で読むね。なに、恥ずかしがる必要はないよ」
僕はわざとらしく桃花の遺影に向かって言った。
そして、僕はその手紙の封を切った。
取り出した紙は無地で、桃花の字が並んでいる。
拝啓 五年後の君へ
久しぶり! ・・・でいいのかな?
一ヶ瀬桃花です(やばい、なんか恥ずかしい)
未来の人に手紙を書くなんて、なんだか不思議な感じ
今、こうやって字を書くことができるギリギリだから割と焦って書いてます(笑)
最初は何から書こうかな・・・やっぱり、私がわざわざ未来に来た理由かな
単刀直入に言うと、私はもうすぐ死んじゃうから、悠久利に見届けてほしい
っていうことをお願いしに来たの
悠久利って他県で暮らして学校に通ってて、それでバイトにも通いながら私のいる病院に通ってくれてたでしょ?
だからきっと、私の最期に立ち会うのは無理なんだろな、って思ったの
ずっと私のために通いつめてくれてたのに、もっとわがまま言っちゃってごめんなさい
わがままって分かってるなら、どうして押し付けてくるんだ! って怒っちゃうかもしれないから、ちょっとだけ言い訳させてください(笑)
私ね、悠久利のこと大好きなの
だから、悠久利に、私の最期に立ち会ってほしい
私にとってすごく大切な人は、二人。
私のお母さんと、悠久利。
お母さんの好きなところを並べて情に訴えかけるのもありだけど、今回お願いする相手は悠久利だから、どうして悠久利が好きなのかだけ言うね(笑)
悠久利は、
優しい
真面目
なんでも言うことを聞いてくれる
私が悪さをしても告げ口をしない
私が欲しそうにしたらお菓子を分けてくれる
ヤケカラオケとかヤケバッティングセンターに付き合ってくれる
・・・あれ、なんだか私にとって都合の良いところしか挙げてない?
っていうのは半分本気で半分冗談なんだけど、悠久利は私が側にいてほしいとき、いつも側にいてくれてたよね
だから、一番私がいてほしいと思うときにも、いてほしい
どうして高校時代に言ってくれなかったんだって思うかもしれないけど、怖くて言えなかったの
そのせいで、悠久利は後悔しちゃうかもしれないって分かってるのに、本当のことを言おうとしても、やっぱり誤魔化しちゃう
案外、私って臆病だから。だから、昔一緒にタイムリープしたときだって、自分が死んじゃうことを知ったから、その思い出をなかったことにした
だから、私が死んでしまって、私がいなくなることを受け入れている未来の悠久利に、お願いしに来たの
悠久利は、一度だって約束を破ったことなんてない
有言実行、一度決めたことは絶対に曲げない
私の好きな、悠久利の良いところの一つ
そんな悠久利と、約束をしたくてこの時代に来た
どうかな、これで私にわがままを押し付けられたことも許してくれたかな?(笑)
・・・嘘。言い訳なんて言ったけど、悠久利はきっと怒らないんだろうな。最初から分かってたよ
今この手紙を読んでいるときは、もうすでに私に会いに来てくれたあとかな? それとも、まだ過去には戻っていないタイミング?
どちらにしても、悠久利が私に会いに来てくれることを
約束を果たしに来てくれることを、信じています
待っています。そして、ありがとう
これで私と悠久利を繋ぐ不思議な時間の物語はおしまい
もう会えなくなっちゃうから、最後に言っちゃうね
私はあなたのことを愛してます
一ヶ瀬桃花
手紙を読み終わった僕は、仏壇に飾られた、笑顔の桃花が映っている遺影を見た。
「それでも僕は、桃花に会いに行くよ」
桃花は、僕と桃花の時間の物語は終わると言っていた。けれど、この世界に流れる時間は、僕と桃花を引き合わせ続ける。
四年に一度の君の命日に僕が君に会いに行く事実は、どれだけ時間が経っても揺るがずに、この世界の記憶に刻まれているのだから。
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