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 僕のお父さんは僕が生まれてすぐに事故で亡くなっている。お母さんは僕のためにお父さんの分まで働いてくれていて、夜遅くまで帰って来ない。だから、僕は桃花ちゃんの家に毎日通っている。 桃花ちゃんは昔からの幼馴染で、とても仲がいい。もしかすると、同じ母子家庭という環境柄、何か気が合うところがあるのかもしれない。そして桃花ちゃんのお母さんも、僕のことを気に入ってくれていて、すごく親切にしてくれる。毎日桃花ちゃんと遊ぶことを許してくれて、毎日のようにご飯を食べさせてくれる。時にはお泊りもさせてくれる。お母さんもおばさんと桃花ちゃんには感謝していて、二人に会うたびにいつもお礼を言っていた。  毎日押しかけてきて迷惑なんじゃないかと思ったこともあるけど、おばさんはいつも「私も桃花も一人家族が増えたみたいで嬉しいわ」と言ってくれる。僕は、そんな二人のことが大好きだ。 ある日曜日、いつものように桃花ちゃんの家で遊んでいると、桃花ちゃんはいつになく真剣な顔をして僕を見つめてきた。 「今から言うこと、絶対に誰にも言わないでね」  桃花ちゃんは、「シーッ」と人差し指を口にあてながら僕に言った。 「うん。分かったよ」  僕がそう言うと、桃花ちゃんはにこっと微笑んでから、押し入れから何かを取り出した。手のひらサイズの小さな箱を桃花ちゃんは僕の前に置いた。そして、一度僕の方を見てからその箱を開けた。 「・・・・・・これは?」 「オルゴールだよ」  桃花ちゃんが箱から慎重に取り出したのは、テレビで見たことのあるいわゆる手回しオルゴールだった。 「これって、きれいな音が鳴るやつだよね?」 「そうそう。でもね、このオルゴールはもっとすごいんだよ」  桃花ちゃんは何やら誇らしげに胸を張った。まだ何がすごいのか分からないけれど。 「これはねぇ、時間を操ることができるオルゴールなんだよ!」 「・・・・・・え?」  突拍子もないことを言う桃花ちゃんに、僕は思わず目を丸くした。桃花ちゃんが突拍子もないことを言うのには慣れっこだけど、ここまでヘンテコなことを言うのは初めてだったからだ。 「これ、おばあちゃんからもらったものなんだけど、未来に行ったり過去に行ったりできるんだって!」  桃花ちゃんが喜々としてそう説明するのを見て、僕はどう反応すればいいのか分からなくなった。 「そ、そうなんだ・・・・・・」 「あー! やっぱり信じてないなー」 「うーん。まぁ、否定的な意見を言うなら、まだこの世界ではタイムリープできる技術を得てないんだから、この小さなオルゴールにその機能が搭載されているとは思えないよね」 「・・・・・・たまに悠久利訳分かんないこと言うよね。私たち小学生なんだからそんな難しく言わなくていいよ!」 「来年には中学生になるんだから、難しいことを言える準備くらいはしないとね」 「はいはい。で、結局信じてくれてないってことだよね?」 「まあね」 「やっぱりなー。悠久利でも信じてくれないか」  桃花ちゃんは唇を尖らせながらオルゴールを見つめた。その表情に、少し失望の影が落ちているのが見えて、僕は慌てて言葉を足した。 「でも、だからと言って、試してみないことには分からないね」  僕が言うと、桃花ちゃんは物凄い勢いで首をこちらに振り向けた。捻りすぎたのか、「いてて」と首を押さえた。それからまた僕に顔を向けた。笑顔だった。 「信じてくれるの!?」 「試してみて本当ならね」 「じゃあ、早速やってみようよ!」 「うん、まあいいんだけど、その前に、タイムリープするときの注意事項とかはないの?」  僕の指摘に桃花ちゃんは億劫そうな表情を浮かべた。  未来や過去に行ける代償として現代に戻ってこられないなんてことがあっては勘弁だ。こういうことは、しっかり確認しておかなければならない。 「えっと、一回の説明じゃ覚えられなかったから、おばあちゃんに紙に書いてもらったんだ」  A4サイズほどの紙に箇条書きの文章が並べられていた。おばあちゃんだからか少し達筆だけど、小学生の僕たちでも十分読める字だった。  以下はその内容である。 オルゴールのクランクハンドル部分を回すと時間を操ることができる ハンドルは、押し巻くと未来に、引き巻くと過去に行くことができる 未来、あるいは過去に飛ぶ際、現時点の日時から五年前後に行ける ただし、五年ぴったりの時間飛行のため、前後五年以内、あるいは前後五年以上には行けない 未来、あるいは過去で過ごした時間分は、現在に戻ったときにも反映される 未来、あるいは過去で滞在できる時間は八時間である 未来、あるいは過去に行く際、たどり着くのはオルゴールを使用した場所と同じ場所である このオルゴールの使用回数には制限があり、時間飛行ができる回数はあと三回である 未来、あるいは過去に行って物品を持ち帰ることは可能である  おおよそこういった内容だった。  桃花ちゃんのおばあちゃんが書いたオルゴールの取扱説明書のような紙を記憶に焼き付けた僕は、タイムリープできるなんてありえないと分かっていながら、妙な高揚感を覚えた。 「まあ、ルールの詳細は悠久利に任せるとして」 「ちょっと」 「はあ、楽しみだなぁ。ねえ、未来に行く? 過去に行く?」 「・・・・・・やっぱり未来がどうなってるか知りたいなぁ」 「やっぱりそうだよね! 私も未来に行きたいって思ってた!」  目と笑顔を輝かせる桃花ちゃんは僕の言葉に頷いた。きっと、意見が違っていたら僕の意見はなかったことにされていたのだろうと思う。 「じゃあ、これを押し巻けばいいんだね」  桃花ちゃんがオルゴールのハンドルを握った。けれど、僕はそれを制止した。 「あのさ、桃花ちゃんが巻いたら桃花ちゃんだけが未来に行っちゃうんじゃない?」 「・・・・・・あ、そっか。それは困る」 「どうしようか」  うーん、と桃花ちゃんは唸った。けれど、すぐにまたいつもの笑顔に戻った。何か思いついた様子だった。 「じゃあさ、二人で一緒に回せばいいんじゃない?」 「あ、それはいいかも」  桃花ちゃんのアイデアに納得した僕は、それを試してみることにした。 「あ、そうだ! 未来の自分の家がどうなってるのかお互いに確認しようよ! 私は私の家に行って、悠久利は悠久利の家に行くの」 「なるほど。確かに、自分の家がどうなっているのか気になるね」  その意見に収束した後、僕たちは僕の家と桃花ちゃんの家のちょうど間でタイムリープを試みることにした。僕は部屋を出る前に時計を確認した。  外出する前におばさんの了承を得ることにして、僕と桃花ちゃんはおばさんにその旨を話した。おばさんは「暗くなる前に帰ってきなさいね」と笑って送り出してくれた。  オレンジ色が濃くなり始めた空を見て、僕たちは急いで目的地へ行った。そこはちょうど僕と桃花ちゃんの家の真ん中あたりに位置する公園だ。ほとんど人がいることはない。案の定、僕たち以外には誰もいなかった。 「じゃあ、いくよ!」 「うん」  僕と桃花ちゃんは手を重ねながらオルゴールを回した。  すると、聞いたことのないメロディが鳴り、急激に眠気に襲われた。周囲の視界が白くなって、僕は身体の感覚がなくなってしまったかのような錯覚に陥った。  気が付くと、僕と桃花ちゃんは夕焼けが支配する空の下で、誰もいない公園にいた。 「・・・・・・どう、なったの? ちょっとクラっとして」 「僕たち、未来に来たのかな?」  二人で辺りを見回してみたけど、これと言って変化があるようには見えなかった。 「・・・・・・やっぱり、嘘だったのかな」  桃花ちゃんがしょんぼりするのを見て心が痛んだ。 「まだ分からないよ。五年先の未来だから、あんまり違いがないのかも」 「そっか!」  僕の予測に笑顔を浮かべた桃花ちゃんを見て安心した。  とにかく、何か確証を得られるものを探さないと。 「そうだ、桃花ちゃん。自分たちの家に行って、カレンダーを確認しようよ! それで、後でこの公園で答え合わせしよう!」  僕がそう言うと、桃花ちゃんは満面の笑みで「うん!」と答えた。  桃花ちゃんと分かれた僕はドキドキしながら自分の家に向かった。正直、タイムリープしているはずなんてないと頭ではわかっていながら、ワクワクするのを抑えることができない。
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