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『エリちゃん。靴のかかとを踏んじゃダメよ?』
祖母も、よく言っていた。わたしは慌てて、踏んづけていた靴を履き直す。
トントンとつま先を地面に着けた時、もう一つの記憶が蘇る。
今日みたいに、暑い日だった。朝目を覚ますと、母が体調を崩して、寝込んでいた。
「夏バテかねえ? 家のお手伝いくらい、頼ってくれても良いのに……」
そう呟くと、祖母はエプロンを身につけて、慣れた手つきで包丁を握る。トントンと鳴る包丁の音が、耳に心地よかった。
祖母の朝ごはんは、目玉焼きと焼き鮭と、ほうれん草のお味噌汁。そして、祖母の趣味でもある、手作りのぬか漬け。
膝が痛くて、普段から杖をついていたのに。その日の祖母は台所の中を杖無しで、忙しなく歩き回っていた。
「エリちゃん。お勉強、頑張ってね」
そう優しく言って、塾の夏期講習へ向かうわたしに、お弁当を持たせてくれた。
中身は、きんぴらゴボウと、ほうれん草のおひたしと、卵焼き。卵焼きがふわふわしていて、美味しかったのを覚えている。
祖母のお弁当は初めてで、とても嬉しかった。
「おばあちゃん……」
わたしは、祖母と。こんなにも、幸せな時間を過ごせていたのに。どうして、ここに来ることを疑問に思ったんだろう?
おばあちゃんが、大好きだった。ずっと一緒に居たいと思っていた。離れたくなんて、なかったのに。
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