御仏前に天使の囁き

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御仏前に天使の囁き

 さっきから、こめかみを伝う汗が酷い。 暑さのせいなのか、緊張からなのか自分でももう分からない。  庭先から聞こえる騒がしい蝉の音が俺を急かし、その一方で前方から聞こえるお経の繰り返し単調な重低音リサイタルに焦らされる。  極めつけにかれこれ30分近くの正座とは何の苦行だろうか。  当の原因である、正面に飾られた遺影に向かって眉間にシワを寄せた。  いや、何の恨みもないけれど。    むしろもっと元気でいてほしかったけど。    じいちゃん!  しかし、今の俺には故人を偲ぶ余裕などなかった…。 拭っていたタオルハンカチが見事にしっとりと水分を帯びている。 もう一つ持っておくべきだった。  この奥座敷の風通しの悪い密閉空間。 見渡す限り空調というのは、壁に後付けされた小さな扇風機のみ。 時折、軒下に吊るされた風鈴を鳴らすだけが役割のようだ。  これだから田舎は…。  所狭しと並べられた座布団に空き一つなく座るぎゅうぎゅう詰めの親族連中。 いや、これ普通に三密じゃね? ねぇ、良いの?  これだから田舎者は…!  と、所かまわず心の中で悪態をついていると、ポクポクと軽妙な木魚の響きさえ俺の苦痛を刺激し始めた。  クソ!やめてくれ…俺が悪かった。 少し落ち着いてたのにまた波が…。  祖父の一周忌法要の最中、俺は腹痛と闘っていた。
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