竜と学者と青い本

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 シェリーが向かった本屋は商店組合に所属しており、彼女が翻訳した本も置いてあった。  試しに本を示して茶化すと、シェリーはカラカラと笑った。素振りからは特に自分の本を気にしている感じはなく、期待が外れたギムレットは少しガッカリする。 「ギムも欲しい本があるのかい。何だったら別行動にする? 」 「いや、俺は本は読まねぇよ。俺は荷物持ち」  本棚が両側にある狭い通路を進む。ギムレットは尾が本棚に当たらないよう、注意して歩いた。 「えっ荷物持ちのために、ついて来てくれたの!? 」 「お前は後先考えずにドカ買いするだろうが。この間も、帰りのこと考えねぇで買いまくったせいで、一人で持てなくて立ち往生してただろ。俺が通りかからなかったら、どうするつもりだったんだ」  ぐっとシェリーは言葉に詰まる。 「うぅ……でも、荷物持ちだけさせるなんて、できないよ。何か欲しい本はないか? 私がおごるよ! 流行の本でも、古書でも何でもいいよ! 」 「何で本限定なんだ」  おごると言ったら、普通ランチとかじゃないのか。 「本つってもなぁ」  天井に届くほど高い本棚を眺めるが、背表紙だけでは何が何だか分からない。  何冊か適当に抜き取ってパラパラとめくってみたが、目は表面をなぞるだけで頭に入ってこない。それでも、せっかくシェリーがおごると言うのだから、断るのは忍びない。  すると、とある一冊で視線が止まる。  面白そうな題名だから、ではない。  隣の本に比べたら若干薄く目新しいその本は、暗い青色の背表紙に金の文字で「獣人たちの生態」と書かれている。  そして、著者の箇所には、あの男の名があった。以前、ギムレットを暗に嘲った、学者の男である。  途端にスッと気持ちが冷め、水を吸ったスポンジのようにじっとりと重くなった。  まざまざとあの時の記憶が蒸し返される。  浮き足立った気分に水を刺されたようで、ギムレットは舌打ちをした。 「あー……クソ」  息を深く吸い込み、ゆっくり吐き出す。そうすることで、気持ちを切り替えようとした。  そうだ、別に何をされたわけでもない。どっかの誰かさんの馬鹿な本を、うっかり見つけてしまっただけだ。何も起こってないのだから、イライラするのはそれこそ馬鹿げている。  はたと隣を見ると、シェリーがいなくなっていた。本に気を取られていた隙に、どこかへ行ってしまったようだ。 「シェリー? 」  呼んでみても返事はない。  通路を戻ってみても姿はなかった。別の通路を覗いてみてもおらず、グルグルと探し回る。そんなに広い店ではないのに、何故か行き合わなかった。 「どこ行ったんだ」  いっそ出入口で待っていようか、と考えたとき肩を叩かれた。 「ギム、お待たせ」  振り返ると紙袋を抱えたシェリーだった。既に買い物を済ませている。 「急にいなくなるなよ」  合流できて安堵した途端、必死に探し回った自分が恥ずかしくなってしまい、つい文句を言ってしまった。  ぶすくれるギムレットに、軽く「ごめんごめん」と笑う。 「で、いい本は見つかった? 」  そう聞かれて、またあの本を思い出してしまい、眉間にシワが寄る。 「いや、特には……そうだ」  とある案が閃いて、目的の場所へシェリーを促す。なになに、と興味津々でついて来たシェリーは、ギムレットが手に取ったのが何の本か分かるとギョッとした。 「わ、私の本じゃないか! 」  動物の絵が表紙となっているその本は、先程のシェリーが翻訳を務めたものではなく、彼女が自分の研究をしたためた本だった。  シェリーを探している時に見つけたのだ。彼女の著者は、翻訳本だけだと思っていたギムレットは驚いた。  これがいいと言うと、さっき茶化した時とは打って変わって動揺する。  まごつく彼女を急かして会計してもらった。  店を出て隣のシェリーを盗み見ると、耳が赤く染まっていたので、こっそりギムレットは笑ってしまった。
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