竜と学者と青い本

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 買い物を終えた頃には夕方となっていた。必要なものはないと言っていたシェリーだが、実際には日用品や食料の蓄えがないことが判定する。  ちくいち問いただすと「えぇっと、なかったような……」とか「これはまだあったっけ? 使い切っちゃったんだっけ? 」とか「それは……前買ったのいつだっけ? 」とか、家の在庫管理のずさんさが浮き彫りとなった。  二人で両手に紙袋を抱えて帰宅すると、どっと疲れが押し寄せる。荷物はとりあえず、台所へ運んだ。  普通は家主が収納するのだろうが、シェリーだとどこに何をしまったか忘れてしまうので、ギムレットがテキパキと片付けていく。 「今日は助かったよ。ありがとう」  あらかた片付け終わって一息つくと、シェリーが申し訳なさそうに言った。 「さきに向こうで休んでくれるかい。私はお茶を用意するから」 「……大丈夫か? 」  不安を覚えて問うと、お茶っぱは今日買ってきたヤツだから大丈夫と笑う。  お茶っぱがカビているかどうかを心配したわけじゃない。いや、もちろん、そこも心配だが。シェリーがお茶を淹れられるのか、という意味で聞いたのだ。  上機嫌で準備をする彼女に、水を差すのも悪いので、大人しく居間へ移動することにした。  部屋に入る際、放し飼いとなっている生き物たちが入り込まないよう注意する。彼らは容赦なく本をかじったり、上で糞をしたりするからだ。  中へ入ろうとすると、白い体毛の猿が尾にじゃれついてきた。つまみ上げて尾から離し、しっかりと扉を閉める。  相変わらずの本の山を縫って、イスまでたどり着いた。  一日中、歩いたせいで足が重く感じられる。  そういえば、今日はギムレットも休暇の買い出しに来ていたのを思い出す。シェリーの買い物に夢中になってしまい、すっかり忘れていた。  まあ、次の休みに行けばいいだろう。  うんっと背伸びをすると、テーブルに置いた紙袋に目が止まる。買ったシェリーの本だ。  あの時のシェリーの反応を思い出し、一人ニヤついてしまう。  ちょっと読んで感想を言ってやろうと、紙袋の綴じ紐をほどく。しかし、中から出てきたのは、動物ではなく獣人の絵が描かれた青い本だった。  シェリーが買った方を開けてしまったのだと気付くと同時に、本の題名が目に入ってくる。 「ギムー、できたよー。よければ扉を開けてくれないかー」  おそらく足でノックしたシェリーは、そう声をかけてきた。お茶のせいで両手が塞がっているのだろう。  慌てて本を紙袋へ戻して扉へ向かう。心臓が嫌な音を立てていた。  二つの湯気が上るカップが乗った盆を持って、シェリーはニコニコしながら入ってきた。 「ほら、見たまえ。私にだって、お茶くらい淹れられるのだよ! 」  得意顔の彼女に、そうだなとムリヤリ笑顔を作りつつも、頭からさっきの本が離れない。  さっきの本、表紙には何と書かれていた?  獣人の絵の上に、淡い字で書かれた「獣人たちの生態」という題名。本屋で見つけた、あの男の本だった。
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