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ギムレットで木登りをするのにも飽きた猿が本棚に悪戯しようとしたので、尾であやしてやっているとシェリーが戻ってきた。
シャンパンを脇に挟み、グラス二つを片手に、ドーム型の銀蓋が被さった皿をもう片手に持っている。
シェリーはグラスと皿を並べると、気泡が弾ける透明な液を注いだ。
皿をテーブルの中央に置くが、銀蓋は取らない。ふっふっふっと意味深に笑うと「これは乾杯してから」ともったいつけた。
「こうしてギムと食事をするのも、ずいぶん久しぶりだね。仕事が忙しかったんだっけ」
向かいに座った彼女に、何気なく聞かれてドキリとする。
「ま、まあな」
バカ正直に避けていたとは、もちろん言えない。ドギマギしつつ悟られないよう、意味なくグラスの縁を撫でる。
「長期休暇前だもの。シルビアは帰省じゃなくて、バカンスに行ったみたい。何日か前に、早めに休みを取って出発したらいしよ」
「実家は隣町だからな。せっかくの長期休暇だから、遠出にしたんだろ。お前はどこにも行かねぇのか」
「私? 私はこの子たちの世話があるからなあ。そう言うギムレットは帰らないのかい」
言って、銀蓋にちょっかいをかけていた猿を抱き上げる。
確かに、飼育している生き物がいれば、長く家を空けることはできない。どの生き物も珍しい種類ばかりなので、彼女以外に世話の仕方は分からないのでなおさら。
シェリーの腕に抱かれた猿は、今度はシェリーの指をオモチャにして遊び始めた。
「帰ってこいとは言われてるけどな。なまじ近いと、なかなか帰る気にならねえんだ」
「ふうん、そういうものか。でも、近いってことはないだろ? 確か半月はかかる距離じゃないか。それとも、新しい道が開通でもしたのかい」
「うん? そんなはずは……というか、半月もかからねえよ」
「いやいや、少なく見積もったって、山を越えるんだから、それくらい必要だろう」
「山? 」
どうも会話が噛み合わない。シェリーは何か勘違いしているようだ。
「山なんて越えねえよ。だって隣町だぜ」
そうギムレットが言うと、シェリーの目が点になる。10秒ほど沈黙した後、「ええッ!? 」と勢い余って立ち上がった。
「ギムレットは竜人族の国の出身じゃないの!? 」
ダンッと両手をついて身を乗り出してきたシェリーに、ギムレットはたじろぐ。何で彼女がこんなに取り乱しているのか、さっぱり分からない。
「あ、あぁ……。親は竜人族の国で生まれだが、コックテールに移住してからは戻ってない。だから、俺も親の祖国には行ったことねぇよ。まあ、でも一度は行ってみてえな。名物にカザンダンゴムシってのがあんだが、それも食べてみたい」
カザンダンゴムシというのは、竜人族の国の名物で、ひと抱えほどもある巨大なダンゴムシである。火山地帯に生息しており、殻は硬いが肉は柔らかい珍味だった。
ギムレットの言葉に「食べたことないの!? 」と衝撃を受けるシェリー。
かと思えば、どんどん沈んでいく。あんまりなへこみようなので慰めてやりたいが、いかんせん落ち込みの理由が不明なので戸惑うことしかできない。
すると、いきなりハッと我に返ったシェリーは、銀蓋が被された皿に手を伸ばし、やにわに持ち上げる。
「待て待て、どこに持って行くんだよ」
そのままどこかへ持って行こうとするので、ギムレットは止めに入った。
「いや、違うんだ。間違えて……」
「間違い? 」
さっきからシェリーは変だ。言っていることも要領を得ないし、挙動も不審である。
そう言えば以前、一緒に本屋に行った時も、様子がおかしかったような……
「とりあえず落ち着いて座れって」
出ていかないように、皿を取り上げようとすると、シェリーが抵抗した。
「こ、これはダメだ。片付けるから返してくれ! 」
「おい引っ張るな! 」
ギムレットが持っていることもお構いなしに、皿を取り返そうと力を込めた。双方から力を加えられ、銀蓋がカタカタと鳴る。
そして皿が大きく揺れた時、蓋が外れ音を立てて落下した。二人とも「あっ」と声を上げる。
半分に割られて覗く身にはパン粉がまぶしており、こんがりキツネ色になっている。殻の方もオーブンで焼かれいい赤色になっていた。
これは……
「カザンダンゴムシ? 」
呟くと、シェリーがあああっと言って崩れ落ちた。
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