竜と学者と青い本

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 生物学者シェリーの家は、役所や裁判所などが並ぶ地区にあった。  往来の激しい表通りとは打って変わって、家のある裏通りは人気もなく閑散としている。高い建物の影になっているので、薄暗い。  しかも、裁判所に引き渡すまでの間、囚人を収監しておく施設もあったので、好き好んで訪れる者はいなかった。  そして、何を隠そう、シェリーが住んでいるというのが、囚人を収監していたという建物だった。  研究のため生き物を飼育している彼女は、堅牢な造りのこの建物を、これなら動物が逃げなくて良い、と大変気に入っているという。周りに住んでいる者はおらず、動物の鳴き声の苦情の心配する必要がないのも理由らしい。  ギムレットは石造りの建物を見上げる。  二階建てで、窓には鉄格子がはめられていた。確かに、これなら誰も逃げ出せそうにない。  次いで視線を落とし、これまた重厚な扉を眺める。ノックをしようと片手を上げるも、ためらって再び下ろす。さっきから、何度も繰り返している動作だ。  重い溜息をつくと、抱えている原稿の入った包みを睨む。  結局、ギムレットはシルビアにお荷物を押しつけられてしまった。  もちろん断るつもりだったのだが、突然、休憩室に入って来たカバの女性に阻まれてしまう。  シルビアの同僚で、彼女を探していたらしい。なんでもこの後、組合の各地区の代表者が集まる会議があり、シルビアも出席しなくてはならないという。  同僚に連行される際、彼女は 「締め切りが迫ってるらしいから、早く届けてあげてね」 と、憎たらしいウインクをして出て行った。  後には呆気にとられたギムレットと、書きかけの原稿だけが残った。  もう一度、重い重い溜息をつく。 「あいつ、学者は女だとか言ってなかったか」  学者というだけで気が滅入っていると言うのに、おまけに女。自慢じゃないが、本などほとんど読んだことはない。  そんな自分が、知識で頭が凝り固まっている学者なんぞと、会話が成り立つはずがない。しかも、相手は女。  シルビアはなんだって自分なんかを選んだんだ。もっと他に誰かいただろう。 「仕方ねえ」  このまま立ちん坊をしているわけにもいかない。それこそ、不審者として通報されてしまう。ここは役所の裏だから、兵もすぐに駆けつけて来るだろう。  息を吸い込み、ドアを叩く。勢い余って、かなり力が入ってしまった。 「……ん? 」  扉を開けて出てくる人物に対し、身構えていたが返事がない。どころか、物音一つしなかった。  念のため、もう一度ノックしてみるが、やはり反応はない。 「マジか。留守かよ」  どうしたものか。  扉に包みを立て掛けておけば良いだろうか。いや、締め切りが近いとシルビアは言っていた。もし、ここに原稿があると気付かなかったら、締め切りに間に合わなくなってしまう。  やはり、確実なのは直接、渡す方法だ。  途方に暮れたギムレットは、試しに扉に手をかける。すると、鍵はかかっていなかった。  しばし逡巡した後、ギムレットは扉を開け中に入った。
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