13人が本棚に入れています
本棚に追加
ギムレットは目の前から次々と食べ物が消えていくのを、呆然と眺めている。
向かいに座った先ほどの人物ーー生物学者のシェリーは、細い体のどこに入れているのか、買ってきたサンドウィッチにくるみパン、乾燥果実のパン、カップケーキ、肉の串焼き、果実の砂糖煮を瞬く間に平らげた。
まるで手品でも見ているようだった。
食べているようで、実は床にボロボロ落としているのではないか、とこっそり下を覗いてみる。しかし、床には本が散らかっているだけだった。
彼女はちくいち「このサンドウィッチ、レタスが新鮮で歯応えが良い」だの「肉の串焼きは、表面がカリッと揚げられてて、肉汁がギュッと詰まってる」だの「果実の砂糖煮は、仕上げに角砂糖がまぶしてあって、柔らかい果肉と角砂糖の食感が絶妙」など感想を言う。律儀というか、何というか。
部屋の惨状を見る限り、ズボラそうなのに。
「あーおいしかった」
絶対に残すと思っていたのに、シェリーはすっかりテーブルの上をカラにしてしまった。
彼女は満足そうに一息ついた後、ハッと我に返ってギムレットを見る。どうやら、存在を忘れられていたらしい。
「す、すまない。客人をほったらかして、自分だけ食事をするなんて。あぁ、お茶すら出してなかった! ちょっと待っててくれ」
「いや、気を使わなくていいから! 」
忙しなく部屋を飛び出そうとするシェリーを止める。今までの様子だと、この家にお茶があるのか怪しかったからだ。
「アンタがシェリーだろ? 俺はアンタにこれを届けに来ただけだから。用が済んだらすぐ帰る」
包みを差し出すと彼女は目を丸くする。中身に心当たりがないようだ。
怪訝な表情で包みを受け取り中を確認する。すると、ああッとすっとんきょうな声をあげた。
「これ! 探してた原稿! どうして君が……どこにあった!? 」
興奮のあまり身を乗り出して、ギムレットに詰め寄る。若干たじろいだギムレットは、イスを後ろに引いた。
「俺はシルビアの古馴染みで、ギムレットってんだ。あいつに、それを届けるよう頼まれたんだよ」
「シルビア? 彼女がどうして私の原稿を持ってるんだ? 」
首を傾げるシェリーに、シルビアが誤って持ってきてしまった事を説明する。
聞き終わったシェリーは、グタッとテーブルに突っ伏した。
「シルビアが持っていたなんて……家の中を探すだけムダだったんだ。うわあ、徹夜損だよ」
「夜通し探してたのか」
通りで倒れるわけである。
しかも、昨日シルビアが作った夕食以降、何も食べていなかったという。食事をする時間を惜しんだわけではなく、探し物に集中してしまい忘れていたとのこと。
シルビアが集中すると他が疎かになると言っていたが、本当のようである。
「じゃあ用件も終わったから俺は帰るぞ。邪魔したな」
立ち上がると彼女が慌てて止める。
「待ってくれ! まだお礼もしてないのに! 原稿がなくて本当に困っていたんだ。何かお礼をさせてくれ」
「いいって、んなもん。俺は届けただけだし」
「それじゃ私の気が済まない! そうだ、確かクローゼットに以前、作ったジャムがあったはず」
「何でんなとこにジャムがあるんだよ」
妙案とばかりに顔を輝かせるシェリーへ、思わず突っ込んでしまった。
「キッチンの棚の戸を動物たちが壊してしまって、他にしまえる所がなかったんだ。私の部屋なら動物たちも入って来られないし、ちょうど良いと思ったんだよ。ずっとほったらかしてたから、まだあるはずだ。取ってくるよ」
「待て待て、それは本当に食べられるのか!? 」
ギムレットは謹んで辞退した。彼女は渋々、引き下がる。見送りに玄関までついて来た彼女は、まだ無念そうに「やっぱりいらない? 」と聞いてくる。
断るのがだんだん心苦しくなってきたギムレットは「また今度、来たときにご馳走になる」となだめた。
途端に表情を緩ませるシェリー。
「きっとだよ、ギムレット」
本心から別れを惜しんでくれる態度に、むず痒い気持ちになった。
「あぁ……また来るよ」
最初のコメントを投稿しよう!