竜と学者と青い本

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 人間の中には獣人というだけで、見下している者もいる。  ギムレットの仕事は、他国の品物の仕入れに同行することもあれば、商店組合の品物の配送の護衛をすることもあった。  あれは隣国の資産家に、コックテールで高名な職人の調度品を届けに行った時のことだ。  豪華な刺繍が施されたソファが何脚かと、玻璃のテーブルを屋敷へ運び入れた。  こんな高価なものを買う輩とは、どんな人物なのだろうか、とギムレットは思う。テーブルなどちょっと触れただけで、くっきりと指紋がついてしまう。  ギムレットには日常生活で、こんなテーブルを使う気にはとてもなれない。  訪れた屋敷は商店組合よりも大きく立派で、このテーブルが置かれていても浮くことはないだろう。  屋敷の主人は何とかという学問を研究している貴族の男で、玻璃のテーブルを余程気に入ったらしく、上機嫌で商人たちを労った。  商人たちの中に、竜人族を見つけた主人は驚いた。それに気付いた商人の一人が、護衛用の雇われ兵だと説明する。  主人はジロジロと値踏みをする視線を向けると「まるでヤンマギ石のような方ですね」と言った。  周りの者たちは面食らう。  ヤンマギ石とは火山地帯で採れる鉱石で、美しい赤色をしており、装飾品として利用されている。  確かにギムレットの鱗も赤いが、どちらかと言うと赤褐色に近く、透き通るヤンマギ石の赤とは似ても似つかない。  随分とお世辞が過ぎる方だ、とみんなは思った。  ギムレットは意図を測りかねて主人を伺い、そしてそこに嘲りを感じとった。  こいつは、知っていて言っている。  瞬間、怒りが湧いた。  竜人族の中でも赤い鱗を持つサラマンダーは、火山地帯に棲み鉱山業で栄えている。  ヤンマギ石は、彼らの国で採掘される名物品だった。美しい石だが衝撃に弱いので、特殊な液でコーティングしなければ、簡単に砕けてしまう。  なので、竜人族の国でヤンマギ石は「外見は美しく立派だが、中身は弱い見掛け倒しのもの」という意味があった。  主人はそのことを知っていたのだ。  知った上で、ギムレットをヤンマギ石のようだと評した。みんなに隠れて、ギムレットを蔑むために。  殴りかかってやろうか。  しかし、周りは誰も主人が侮辱したことに気付いていない。ここで暴れたらギムレットの方が、突然暴力を働いた悪者となるだろう。  堪えるしかなかったが、帰りの道中でもドロドロとした黒いものが煮えたぎっていた。  だから、初めシェリーが人間の学者だと聞いて、まずこの主人が思い浮かんだ。彼女も獣人を見下しているのではないか、と疑った。  ところが、予想に反してシェリーは好意的だった。一度として怯えた態度をとったことも、蔑んだ言動をとったこともない。  ギムレットも想定外すぎるすっとぼけた彼女の振る舞いに、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
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