竜と学者と青い本

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 長期休暇まで1カ月を切った頃、久しぶりに非番となったので、ギムレットは町へ出ていた。商店街は本格的に大売り出しが始まっている。  この長期休暇は、出稼ぎに来ている者達のための里帰り休暇であった。大多数の者が帰省するので、休暇となる商店も多い。店が閉まってしまうため、今のうちに買い溜めしようと、この時期の商店街は人でごった返している。  ギムレットも休暇に備えるため、商店街に来ていた。  街頭には出店が並び大売り出しをしている。休みになる前に、できるだけ在庫を減らしたいのだろう。  出店の品に目を止めた通行人が立ち止まり、往来の流れが少し崩れる。前方から歩いて来た人間の男が、立ち止まった者を避けようとしてギムレットとぶつかった。  すみません、と振り返った男はサッと青ざめる。すごい勢いで何度も頭を下げると、脱兎のごとく逃げてしまった。  急に駆け出した男に驚いた周囲は、何事だとギムレットを見て、納得したような顔をする。  これだから人混みは嫌いなんだ。  うんざりして、さっさと用意を済ませることにした。  その大きな体軀に似合わず、器用に波を縫って目的地へ向かう。邪魔になりそうな尾が、通行人にぶつかることもなかった。うかつにぶつかると、概ね先程と同じ事になるので身に付けた技術である。  だが、角を曲がったところで、うっかり立ち止まってしまい、危うく後ろの通行人と衝突しそうになってしまった。  人波に当たっては謝りながら進むシェリーが目に入ったのである。はた目からでも、人混みに慣れていないのが分かる。  まるで、上京したての田舎者のようだった。 「おい、シェリー! 」  近寄ると彼女はビクリと肩を震わせる。振り向いてギムレットを認めると目を丸くした。 「え、ギム? な、何でここに? 」 「こっちのセリフだ。出不精のお前が、商店街にいるとは思わなかったぜ。休暇前の買い物か? 」  言った後、いやないな、と考え直す。そういう思考ができるなら、自分の家で飢え死にしかけたりしない。  案の定、シェリーは否定した。 「私はその、本屋に行こうとしてたんだ」  何故か歯切れ悪く答えるので首を傾げる。  自分の本の売れ行きを確認しに行くのだろうか。シェリーはそういうタイプではない気がするが……  少し好奇心が湧いたので、本屋まで同行したくなった。 「なぁ、俺もついて行っていいか? 」  ギムレットの申し出に、明らかに動揺するシェリー。  まさか、想像は当たっているのか? 「ギ、ギムも来るのか? わ、私と? 」 「おう。ダメか? 」 「ダ、ダメってわけじゃ……」  もごもごと口ごもる。  いつもスッキリサッパリとした受け答えをする彼女にしては珍しい。無意味に両手をぱたぱた上下させて、空を仰いだところで、観念したように溜息をついた。 「うん。よし、一緒に行こう」
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