ホームパーティー編1

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 とたん、藤崎の顔から赤みが消えた。恐る恐るといった体で、隣の恋人の顔を窺っている。 「あ、今のは、ずいぶん昔の話で。真司と付き合う前のことだし」  ははは、と藤崎が乾いた笑い声を立てた。それに対し日比谷が「お前はまったく……」とジトッとした目のまま呟いた。 「どうも危ういんだ、お前は。観月さんといい……」  観月という名前に、大志は聞き覚えがあった。藤崎の話のなかで、何回か出てきた人物。超絶美形の男で、泳いでいる彼の姿に惚れた、とかなんとか。 「その人に惚れたんですよね、藤崎さん」  大志がなんとなく言うと、藤崎の顔が引きつった。 「なに言ってるの? 大志くん」  見ていて可哀想なぐらい、彼の表情が余裕のないものになっている。  ――うわあ、面白い。  いつも理知的で冷静で社交的な藤崎の、新たな一面を見れた気がする。すごく嬉しい。 「弦、ちょっと二人で話そうか」  あからさまな日比谷の作り笑いが、めちゃくちゃ怖い。他人事だからちょっと楽しいが。もちろん、本気で怒っているわけじゃないと分かっているから、楽しめるのだ。 「バルコニー、貸してもらえる?」 「はい」  裕史が苦笑しながら返事をする。  日比谷が椅子から立ち上がり、藤崎の腕を掴んで立たせた。  二人はバルコニーに行き、掃き出し窓をきちっと閉めてから、大志たちに背を向ける形で並んだ。何を話しているのかわからない。お説教系だとは思うが。 「藤崎さんの新たな一面を見た気がする」  裕史が隣で、ぼそっと呟いた。 「俺もそう思う。浮気性ってわけじゃないと思うんだけど、誰に対しても優しくて面倒見が良いから、日比谷さんは気が気じゃないだろうね」 「俺も気が気じゃない。お前は誰に対してもオープンすぎるんだ」 「そうかな。俺は裕史のことしか考えてないよ。いつも」  誰にでも分け隔てなく優しくしたり仲良くできるのは、裏を返せば彼らの中に贔屓したい人がいないということだ。唯一無二の大好きな人がいるから、他に贔屓したい相手なんて作る余裕がない。  ――あ、でも、藤崎さんは特別か。LINEの友達申請、俺からしたし。 「なんか藤崎さんって、良いよね」 「おい」  裕史が苛立ったような声を出した。大志は慌てて、違う違うと手を横に振った。 「そういう意味じゃないってば。友達として!」 「当たり前だ」  まだ機嫌が悪そうな裕史の腕に軽く手で触れて、「裕史だけだって」とつぶやく。  ――こういうヤキモチ焼きなところも大好き。 「大志」  また裕史の掠れた声。この声に、自分は本当に弱い。腰がぞわっと震える。  来客中なのに、と思いながらも、恋人の顔が近づいてきたので、目を瞑ってキスに応えた。三回軽いキスを繰り返したところで、理性で以ってお互い顔を離す。と、窓の向こうで、さっきよりも体を寄せ合っている二人の姿が見えた。もしかしたらキスしているのかもしれない。  程なくして、二人がバルコニーから部屋に入ってきて、食事が再開された。 「ところで二人は、あのベッドで寝てるの?」  藤崎が背後にある木調縦格子の間仕切りを指でさした。その先には、マットレスのベッドが一枚置いてある。分厚いチョコレート色のカバーを着けているので、ソファとしても様になっている。 「そうですね、あのベッドを使うこともあるし、もう一つの部屋で布団を敷いて寝ることもあります」  この家には、玄関入ってすぐに、四畳ほどのサービスルームがあるのだ。そこは窓がないので、普段は物置になっている。たまに気分を変えたい時に、寝室として使っている。どちらにせよ、裕史と二人で寝ていることに代わりはない。 「じゃあ個室はないんだ」 「そうですね。ない方がいいかなあ」  ここに越してきたばかりのときは、一人の空間も確保したほうがいいかな、と思っていたのだが。今は個室がない方が良いとさえ思う。裕史の姿が常に見えるから安心するし嬉しい。 「ほら、個室がない方が良いって大志くんも言ってる」  日比谷が大志の言葉に便乗して、なおも続けた。 「今のベッド二台とも処分して、ダブルベッドを」 「そういう話は後でね、真司」  藤崎が困ったように苦笑いして、日比谷の口を手で塞いだ。  もがっとなった日比谷の顔が、ちょっとかわいくて、大志は笑いそうになって堪えた。 「藤崎さんたちは同棲して一年ぐらい経ってますよね。個室があるんですね、今は」 「そうだよ。個室二つに、リビング、だね。寝るときは一緒だよ、真司のベッドで」 「狭いんだよ。セミダブルだぞ。個室一つを寝室にしてダブルを置いて、もう一つは二人の共有スペースにすれば良いだろ」  二人はどうやら、部屋の使い方で揉めているようだ。藤崎は個室推進派、日比谷は個室否定派なのだろう。 「俺も、個室否定派かなあ、最近は。裕史は?」 「俺もそうだな。常に大志の姿が見えているほうが良い。安心する」  裕史が自分と同じことを思ってくれている。素直に嬉しい。  顔がにやけているのが自分でもわかる。隣の恋人が面白がって、頬を軽く引っ張ってくる。 「俺は別々に寝ても良いんだよ。真司が一人じゃねむれない――」  三対一で劣勢に立たされた藤崎が、自棄になったように言う。今度は日比谷が慌てて、藤崎の口を手で覆った。また大志は笑いそうになった。  日比谷のイメージがだいぶ変わった。なんて可愛い人なんだ。
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