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出てみればあっけないものだった。
滞在先の宿は思いの外綺麗だったし、死ぬのに使えそうなものは近くの工務店でさらっと手に入った。もっと誰かが気づいたり、ものが売り切れたりしてて死ぬのを断念したりするのかと思ったが、そんなことはなかった。神様も私が死ぬのを肯定してくれているらしい。
あらかた準備を終えたころには、時計の短針が12を指していた。お金にはまだ余裕がある。どこかで美味しいご飯でも食べて死ぬか。ホテルを出て、適当な飯屋を探した。
ついたのは大きな会社の前にあるカレー屋だった。もっと高いレストランに行ってもよかったのだが、目についたのがここだったのだ。仕方ない。さっさと食べてしまおうと思い、そこまで大きくないカレーをひたすら咀嚼する。
するとすぐ近くの席に、サラリーマンらしき男性が座ってきた。頼んだのは大盛りのカツカレー。男性らしいガッツリメニューだ。
「よう姉ちゃん、旅行?」
「はい?」
男性はいきなり話しかけてきた。位置的に相手は私しかいないのだが、フレンドリーにも程があるんじゃないか。
「…そんなところです。」
「旅行いいよなー。ここあんまり有名なものないけど楽しい?」
「まぁ、それなりに」
「マジで?ところでここのカレーさぁ…」
会話がとどまるところを知らない。おかげでカレーを食べるスピードが落ち、しばらく男性との会話に専念することになってしまった。
「へぇ、学生さんなんだ。やること多くて大変でしょ。レポートとか」
「そうですね。」
「友人関係もめんどくさいしさ。」
「そうかもしれないですね。」
「それで死にたくなった感じ?」
「そう…え?」
ふと顔を上げると、さっきまでヘラヘラしていたお兄さんが真剣な表情でこちらをみている。なんでそんなことわかるの。いや、それよりもなんで他人の貴方がそんなこと気づくの?
「…なんでですか?」
ここが奥まった席でよかった。声さえ潜めれば、ここにいる誰にも会話は聞かれない。男性は少し考えた後、実際にみせた方が早いか、と呟いて腕時計をはずした。そこに見えたのは、少し古くなった自殺の跡。
「実は経験者でした。なんて。一度死のうとしたら、同じような人はわかるようになるよ。」
「…なんで、死のうと思ったんですか?」
「多分お姉さんと一緒。死のうと思ったとき、俺は相変わらずサラリーマンだったんだけどさ。明日提出の書類とか、まだ終わってない仕事とか、同僚との飲み会とか…色々考えてたら、なんかもうめんどくさくなって。」
驚いた。自分が死にたいと思っている理由とほぼほぼ同じ理由だった。それなら、どうして今この人は生きているのか。
「やめちゃったんですか?死ぬの」
「うん。なんかね、それこそここのカレーのせいなんだよね。」
「カレー?」
カレーが死ぬのを止めた?結構食べちゃったけど、未だに私は死ぬ気満々だ。
「なんでですか?」
「ここのカレーさ、おいしいでしょ。死ぬ前になんか食べときたいなぁって思ってこのカレー食べたらさ、すごくおいしくて。死んだらこれ食べれないのか…って思ったら、なんか死ぬのが勿体なくなって。」
「はぁ……。」
そんな理由で。思わずカレーをもう一口食べてみたが、やはり死にたいという気持ちは変わらなかった。もう、全部全部どうでもよかった。
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