第1章

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病院から逃げた後、父に会うために家へと向かった。 助けを求められるのは、もう父しかいなかったのである。父さんならきっと、私を受け入れてくれるだろうと思っていた。 母は百合子を嫌っているけれど、父なら大丈夫だという、根拠のない自信があった。多分、縋りついていたのだろう。 根拠の有無にかかわらず、ただそうあって欲しいという願望が先走っていく。 けれどその途中、偶然にも川を見つけてしまった。 まるで導かれるように、糸で手繰り寄せられた人形のような気分だ。 おそらく百合子が溺れたという川だろう。病院からの一本道を辿り、少し狭い細道に入ると、音が聞こえたのだ。川のせせらぎはなんとも長閑で、心を落ち着かせてくれる。とても人が溺れるような場所には思えないが、ずっと下って行くと、水流が激しくなり、確かに底が深くなっていた。 もう一度地図を見ると、家はかなりここから近い。つまり百合子は、近所の川で遊んでいる時に、誤って落ちてしまったのだろうか。やはり想像ができず、考えるのを止めた。  川沿いを下って行き、一番深いところに入る。ロープで立ち入り禁止のプレートが張られている為、人の姿は見当たらない。足元は少しぬかるんでいるので、滑って転ぶ危険もあるが、ある程度舗装されている。 事故があったせいで、誰も近寄らなくなったのだろうか。 まるで霊でも浮遊しているように、ここには奇妙な涼しさがある。そっと顔を前に出し、水面をじっと見つめた。  私は百合子と違って、泳ぐのが苦手だ。小さい頃に水中で溺れかけたせいで、体が拒否反応を起こすようになってしまった。全身に鳥肌が立ち、おもりを吊り下げられたように、動きが鈍くなる。 でも、水を見ていると不思議な気分になる。怖いはずなのに、反射する光と波紋を眺めていると、時間が遡って行く。 子どもの声。女の子2人が手を取り合って、水の中へと走って行く。 笑う頬が引きつり、どんどんと溶けていく。 水面に映った自分と目が合った瞬間、意識が戻った。 穏やかな時間は打ち砕かれ、現実が頭を打った。 平凡で特徴のない顔。 どうして私は悪い部分ばかり受け継いでしまったのだろう。 綺麗な百合子を作るための、要らない部分だったのだろうか。 こんな顔、大嫌いだ。  足元にあった小石を水面に投げつけ、映った顔がぐにゃりと曲がる。  どうしてこの世界は、こんなにも不公平に出来ているのだろう。生まれた瞬間から差がついているなんて、あまりにも酷いではないか。 気づくと頬が濡れていて、指でそっと拭う。いつ泣いたのか分からず、目が赤くなるまで乱暴に擦った。 「ちょっとあなた、そこで何をしているの⁉」
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